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童話パロ『白雪姫』(3)

 結局、体力が尽きるまで追い掛けっこをした加藤と尾藤。  息も絶え絶えにそばの木に凭れ掛かり荒い深呼吸を繰り返していた加藤が、その場にへたり込んだ尾藤に声を投げました。 「俺、悲鳴上げて逃げるほどキモイんだ……?ちょっとショック……ッ」 「だから……っ、キモイんじゃなくて……っ、カッチが追っ掛けてきたからつい逃げちゃったっつーか……っ、無表情で『はじめてのチュウ』は怖いって……っ」  尾藤も肩で息をしながら答えました。  すると加藤は不意に視線を落としてスカートを摘み上げ、 「キモイんじゃねぇなら似合ってんだ、コレ。ヤベェ、女装趣味んなりそう」 「……やめといたほうがいいと思う……」  尾藤が言えたのはそこまで。  似合ってないから、とはっきり言うことは出来ませんでした。 「そう言えばビー君。イノシシ狩れる?」  呼吸も落ち着いたらしく、いつも通りの口調で加藤が尋ねました。 「え?そんなん出来る訳ねぇじゃん。いきなり何言ってんの?カッチ」  尾藤は笑って問い返しましたが、先刻の加藤の言葉は確かに唐突です。  加藤曰く、 「いや、『猟師、白雪姫を逃がすためにイノシシの内臓をお妃様のところへ持っていく』ってシナリオに書いてあったから」  それを聞いて眉根を寄せた尾藤は、上空に視線を漂わせて記憶を辿り、 「あー、なんかそんなこと書いてあったような気がする」  ぼんやりと呟くように言って加藤に笑い掛けました。 「でもさ、これ劇じゃん。何もホントにイノシシ狩る訳じゃ……」 「ビー君!あんなところにイノシシが!」  鋭い声で尾藤の言葉を遮った加藤は真顔で尾藤の背後を指差しました。 「へぇ、イノシシ役もいるんだ」  加藤が指し示すほうをゆるい笑顔のまま振り返った尾藤が見たものは、のっそりと草むらを移動する1頭のイノシシでした。 「おー、スゲェリアル。あの着ぐるみどうしたんだろ。レンタル?つか誰があん中入ってんの?」  言いながら、再び尾藤が加藤に視線を戻すと、 「どう見ても本物だろ、アレ。こりゃ普通の劇じゃねぇぞビー君。そもそもここは舞台の上か?」 「……リアルに森ですね」  イノシシを見詰めて答えた加藤のいつになく真剣な表情を見て、尾藤は改めて現状を理解しました。 「ってことはあのイノシシ狩るの!?俺が!?」 「だろうね。イノシシが本物ってことはその背中にしょってる猟銃も本物だ。やっちゃって下さい、猟師さん」 「何言ってんだよカッチ!そんなん無理に決まってんだろ!つかコレ本物!?」  加藤が歩み寄ると咄嗟に立ち上がった尾藤は、肩に掛けていた猟銃を慌てて下ろして両手で銃筒を握り込み、情けなく歪んだ顔で加藤を見遣りました。 「小道具にしちゃ重いと思ってたけどコレ本物なの……?マジで……?」 「撃ってみりゃ判るよ。幸い敵はこんだけ近くに人間いても無反応だ。チャンスです、猟師さん」 「無理!マジで無理!」  取り乱す尾藤とは逆にひどく落ち着いていた加藤は、 「しょうがねぇなぁ」  と呟いて、尾藤が腰に下げていたナイフを抜き取ってドレスの裾に宛がい、軽く切れ目を入れて無造作にドレスの裾を引き裂くと、細く切ったそれを小さく丸めて両耳に詰めました。  そしてナイフを元あった場所に戻して尾藤の手から猟銃を奪い取り、脇に挟んで固定した銃身に頬を付けて照準を定め、安全装置を解除して撃鉄を起こしました。  その様子を呆然と見詰めていた尾藤に、 「耳塞いでな」  加藤が短く言い置いたあと、一発の銃声が森に轟きました。  ドシンとイノシシが倒れると加藤はしかめていた顔を猟銃から離し、 「肩痛ェ。スゲェな衝撃。あー、耳鳴りする。やっぱこの程度じゃダメか」  耳に詰めていた即席の耳栓を地面に放り捨て、片手に持ち替えた猟銃を尾藤に差し出しました。 「はい。コレ返すわ。ありがとう」  しかし尾藤は猟銃を受け取ったものの、 「え!?何!?聞こえねぇ!つか耳の奥めっちゃ痛ェんだけど!」  やたら大きな声で、半ば喧嘩を売っているかのように加藤に言いました。 「耳塞いでろって言ったのに……」  加藤は苦笑いです。 「え!?ごめん!マジで聞こえねぇ!なんつったの!?」 「耳塞いでろって言ったでしょ!」  尾藤の耳元で加藤も声を張り上げました。 「とりあえず!イノシシは殺ったから!そのナイフも本物ってわかったし、あとのことはよろしくね!猟師さん!」  などと言いはしても、相手はイノシシを殺せずにいた尾藤です。  内臓の摘出も恐らく自分がやることになるんだろうなと加藤は思っていました。  が、意外にも尾藤は、 「わかった!」  大きく頷き、ナイフを抜いてイノシシのほうへ駆けていきました。  しかも、 「今夜はぼたん鍋だー!!」  躊躇いなくイノシシを捌き始めた尾藤はなんだか凄く嬉しそうです。  家事全般をそつなく熟し魚もきれいに三枚におろせる尾藤は、目の前にあるものを食材と思えばイノシシの解体もへっちゃらなのです。 「このナイフスゲェ!めっちゃよく切れんだけど!どーですかこの切れ味!イノシシだって、ほら!この通り!」  血まみれになりながらも尾藤は包丁の実演販売員の真似をして1人で笑っています。  その姿は少々異様ですが、加藤は楽しそうにイノシシを捌いている尾藤の後ろ姿を眺めて、何故尾藤が猟師役に選ばれたのか納得しました。  とにもかくにも、これで白雪姫は命拾い出来ました。 「猟師さん!私、もう絶対お城に帰らないって約束するわ!お母様に迷惑掛けたくないもの!」  加藤は尾藤の背中に声を投げ、森の奥へと駆け出しました。  イノシシの解体に夢中になり過ぎて言葉を返すタイミングを逃してしまった尾藤は、結局無言で加藤を見送りました。  加藤の姿が完全に消えて見えなくなった時、尾藤は口の中で呟きました。 「お母様……?そうか!眼鏡だ!メガネ親子!」  ここで尾藤は何故麻見が悪いお妃様役だったのかを自分なりに理解したのでした。

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