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第5話

「……はぁ」 やばい、疲れた。そんなことを言う気力も無い。 屋上からの風は髪を靡き、五月にはいってもまだひんやりとしていた。近くには男が女にアーンなるものをして貰っている。視界になるべく入れないよう背中を向けた。 「はぁ……」 ぎゅるるる。 しかし、こんな時にでも腹は減る。腹が減っては戦は出来ぬ。うん、そうだ。食べなければ。 膝に置いた弁当包みを広げ、タッパーの蓋を開ければ、「あいつら……!」 ワントーン高くなる声。弟と妹のあたたかさが伝わってくる。ところどころ焦げ付き、破れてはいるが黄色い卵に小さな穴から見えるオレンジ色のご飯。潰れて原型は留めていないが、残った『れ!』から見るに『がんばれ!』とケチャップで書いてくれたんだろう。 「ありがとうな……!!」 その場でタッパーを抱きしめ、給湯室から貰ってきた割り箸で一口。べちょっとはしているが、美味しさに変わりはないオムライスだった。 「ねぇねぇ、アレってーー」 「ああ、たしかあの噂のーー」 なにが悪いんだろうか。 別に俺は悪くない。 「ん?なんだ……?」 近付いていくと、何やら荒い声が聞こえてくる。しかも何人かいるようだ。 「トイレくらい静かにすればいいのに」 まぁ、毎日にこにこ穏やかにいられるわけがない。こんな世の中、七割は鬱憤を持つだろう。 お邪魔します。資料室の角を曲がったところの男子トイレに入ろうとすると、「んっ!むっ…ぅ、ぁ!!」なんて声が聞こえてきた。苦しそうだ。 拉致。複数リンチ。そんな単語が頭に浮かび、死角となる壁をすぐに周り飛び込む。そこにはーーいや、その奥ーーいわゆる洋式トイレがある所に二人がたむろしているのが見えた。しかも扉は空いている。 「女神様!!おれに、おれに出世を!ボインな彼女を……!」 「んっぁ……ぅ!!」 激しい水音が俺の中のスイッチを押した。 「お前ら!何してる!!」 「はっ……?ぐほっ……!」 「……ひっ!!お前、課長に何を……ぐはっ!」 一瞬、こちらの顔を見て怯えた隙に腹にひと突き。二人重なって気を失った隙に中を確認する。これが女ならば彼女の人生においてトラウマものになってしまうだろう。そんなことを考えながら覗くとそこにいたのは、でかい桃のような白い尻をこちらに向けた人物だった。その中心部から白濁とした液体が溢れ、ズボンが引っかかっている太ももに流れている。 「うっ、ぁ……!?」 あまりの衝撃に床に尻もちをついた。ひんやりとした冷たさがズボン越しに伝わってくる。 カサッ。さらに尻の向こう側から現れたのは茶色い紙袋。顔なのか目とにっこり口が描いてある。 「はっ……!?」 (どういうことだ?デカ尻……のやつが紙袋被ってるということだよな?) どういう趣味なんだ?仮装パーティーか?明らかにセンスが落ちた自分のツッコミスキルに落ち込む暇もなく、 「って、そうじゃない!お前、見るからに女……じゃないな。大丈夫か?」 幸いにも足も手も縛られている様子がなく、俺は立ち直して彼に手を差し伸べた。 「あっ…、あ…ぉ」 「お前……っ!!」 背後から呻き声と共にドスの効いた声が聞こえ、 「ぐぁ…ッ…!!」 「うぉっ、と。ギリセーフ」 即座に足蹴りをお見舞いしたが、床が掃除した後だったのかバランスを一瞬崩しかけた。 「よくもぉおお!!」 それをチャンスと見たのかそいつの後方にいた俺よりも若い社員が突撃してくる。長い脚を床に下ろすまで僅かに差があった。 (くそ、間に合わねぇ…!) 「ま、待ってください!」 標準より高い男声がトイレ内に響く。壁に背中を預けてるやつは野太い声だし、割り込もうとしたやつは床に足を滑らせて尻餅をついてるがしゃがれた声だった。 「あっ、あの……っ!」 「め、女神様が……!!」 「女神様、お許し下さい……!!ひっ!!」 二人は慌てて起き上がり、スリッパの音を煩く鳴らして出ていってしまった。まるで尻尾を巻いて出ていってしまったような態度に疑問を覚えるが、今はそうじゃない。 「おい、お前だいーー」 パシン。肩に置こうとした手は同じ部位に跳ね除けられる。え?一体なんだ?突然のことに思考が処理出来ないでいると紙袋男はドタドタと手洗いを出ていってしまった。 「なんだよ、あれ……」 右手にじんとした痛みを感じたまま、呆然と立ち尽くしていた。

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