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第8話

「ふはっ。そりゃ、えらいやられ方したな!!」 大口を開けて笑う牛島さんからはきついお酒の匂いがした。 「それよりも遅くなってしまい、すみません。……先輩、そんな酔ってるんですか?」 昼休み後のどうだった?の問に同じくメールで『股間をやられました』と伝えれば、深くは聞かずに呑むのを誘われてしまったのである。 実験室でサンプルを食べていたら腹が膨れてしまった……なんて絶対に言えないが。 「あ〜〜?そーだよ!もう酒飲まないとやってられないよおお〜〜」 もう出来上がってしまった牛島さんが今度は泣き出してしまう。彼と呑むのは二度目だが酒には弱いんだろう。 「依子が、依子がさあああ!!」 「ああ……先輩。お疲れ様です……」 「うおおお、真城おおお!!先輩と呼んでくれるのも!慕ってくれるのもお前だけだああ……!!ハグうううう!!けど!オレは牛島『さん』がいいぞ〜!!あと、オレは先輩だからぁ!お前の悩みは聞くぞおお!!飲め飲め〜〜!」 「いや、俺は下戸なので失礼します……。あ、烏龍茶と唐揚げ、あと枝豆と……」 「水くさぁああい。生中もう一杯と冷奴くださーい……」 「だ、そうです」 初めてだったが、居酒屋の個室にしておいて良かったと しみじみ思いながら営業スマイルの店員に注文をした。 「せんぱ……牛島さん、ほらよいしょっ。水でも飲んでください」 「ひっ、すまん……真城」 俺から渡されたコップの水は牛島さんの火照った体に口から注がれていく。上下する喉仏やすらっとした長い首筋を見ても何にも感じなかった。 (なんで、あの時は……) もぐもぐと咀嚼してから己の体液を飲む姿。羞恥にも近いそれがだが、罪悪感とはまた違うものだ。 中の氷を舐め、ふぅーと息を深く吐いた牛島さんは頬を赤らめながらも落ち着いた顔つきになっていた。 「先にお前の悩みから聞くぞ。……で、どうかしたか?」 「そうか……」 品が次々と目の前に置かれ、枝豆をひと房食べながら店員が帰るのを見計らっていた。 「こんなこと、話してもどうかと思うんですけどね」 「いいや。そんなことないぞ?オレもにわかだがその噂は聞いたことがある」 「本当ですか!?」 「ああ。イチは成績を意識するあまりなのか、特に鬱憤を溜める奴らが多くてな。何度か同期がそこに行ったとか聞いたことがある。お前が前にいたサンは穏やかな奴が多いからあんまりないかもしれないがな」 今度は箸で先端を四方に切った冷奴を丁寧に取り、口に入れた。 「あ、別に悪い意味じゃないぞ?あくまでニュアンスとして捉えて欲しい。話が逸れたな。あの三階男トイレにはには"突くと願いを叶えてくれる女神"が昼休みに現れるという噂を信じ込み、慰め、願いを叶えて欲しい奴らで予約が絶えないらしい」 予約。その言葉に今日の貼り紙を思い出す。 「これは風に乗って聞こえてきた話題だから事実とは違うのかもしれねえ。お前が出会った奴はそういう奴だったのかもな」 「あっ……」 俺と変わらない大きな手が短髪で硬い髪を優しく撫でる。にかっと笑っているが、落ちた目尻にはクマができていた。 「良かったじゃねえか。何がどうであれ、お前を第一印象で怖がらない奴がいて」 「うし、じまさ」 「営業開発部の奴らもサンみたいなほのぼのした奴らじゃないプロフェッショナルの変態みたいな奴が多いかもしんねえ。真城 一樹の目つきはめちゃくちゃこえーけど、根は真面目でいいやつなんだからさ。今回も少しドジっただけだ、って思っておけ」 「………はい」 「おうよ!それで、今度は依子(よりこ)のこと……聞いてくんねーか?」 わしゃわしゃと首の後ろをかく先輩を見て頷いた。 頼んだ枝豆は塩っけがありすぎたし、それからも牛島さんはお代わりしたはずの生中を一度も口を付けず、泡が落ちていた。

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