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第5話
憂いは空振りに終わった。
その後の今井は何の変哲もなく、淡々と業務をこなしていった。
「田村さん、この部分の資料をお願いします」
数字を見つめながら指示をしてくる今井。
「あ、それは古いので第二資料室に…」
時間かかりますよ、と伝えると一瞬、顔を上げて田村を見る。
「時間かかってもいいですから。お持ちください」
冷静な声でそう言ってきた。
さっきまでのオドオドして真っ赤になった奴と同一人物に見えない。
(二重人格か、こいつ)
田村は会議室を後にして第二資料室へと向かった。
「たっむらくーん」
石橋がご機嫌に話しかけてきた。
「何すか。仕事なら手伝えませんよ」
「うぉ、荒んでんなぁ」
お昼休みまであと10分。
今日も午前中だけでバテている。
「いや、今日昼メシ一緒に出れないからさあ。彼女が近くに来るからあっちと食べるわ〜」
「相変わらずのラブラブっぷりで…」
石橋に彼女が出来たのは1か月前。ちょうど浮かれてる時期で、何度もラブラブな話を聞かされて田村はウンザリしていた。
(どうせこちらは独りですよ)
「分かりました。ゆっくりしてきてください」
デレデレ笑顔を見せる石橋。
午後から彼女とのラブラブ話をしてくるのかと思うとウンザリだ。
お目当ての食堂はいつも席の争奪戦。
オフィス街にあるこの食堂はうまい、はやい、安いの3拍子が揃っていた。
「げ、今日もう空いてないじゃん…」
その争奪戦に負けた田村はがっくりと肩を落としそうになった。
が、たまたま一人、席を立っているのを見て滑り込んだ。
ラッキーと思ったのもつかの間、隣にいたのはまたしても今井だった。
(何でこいつがここにいるんだよ!)
今井もギョッとしながら会釈をしてきた。
「お疲れさまです」
気の抜けるような声で今井に話しかけられ、無視もできず田村も挨拶をした。
オーダーをして提供されるまで、微妙な沈黙。
破ったのは田村だ。
「…珍しいですね。仕出し弁当注文されてませんでしたっけ」
「たまには、暖かいのがいいかなと、思いまして」
このお店、厚木さんに教えてもらいました、と今井。厚木部長余計なこと言いやがって、と田村が心の中で毒づく。
「暖かい料理は癒されますよね。家帰っても私、冷飯ですし」
自嘲気味に田村が言うと今井が少し笑った。
「同感です。コンビニ弁当温めても…、なんか違いますよね」
こいつも独りものかと、田村は親近感を覚えた。
オーダーしたものが二人同時に届き食事を始める。
何となく話しかけてみたくなり、その後もポツポツと今井が答えていた。
独り暮らしであること、意外と年齢は田村より3歳上であること…
「…何で調査官になったんですか?」
「数字って、嘘つかないじゃないですか。適切な処理をしていないと何処かに歪みが出て来る。それを暴いていくのが楽しいんです。何て言うか…宝島にたどり着くような感じ…?たどり着いた時が快感ですね」
ブホッと田村がむせて、今井が慌てて水を差し出してくれた。
(…結構な変態じゃねぇか)
容姿がホンワカしているだけに、そんな感じが見られなくて笑けてきた。あのメガネ税務官ならそんな感じがするのに。
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