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第7話
それから今井と田村は業務以外の話をすることはなかった。
相変わらず淡々と進む税務調査に、厚木をはじめ田村、他の管理職たちが悲鳴をあげだした数週間後。
ようやく調査が終了となった。
ほぼ1ヶ月という長期の調査だった。
調査官たちはまとめた報告書をもとに事務所に持ち帰り、後日最終的な調査報告を行いに来た。
経理部長である厚木が一番緊張する日だ。
「部長、水持ってきましたよー」
「ああすまんな。イテテ…」
胃薬を片手に腹をさすっている厚木。どうやら胃が痛むらしい。
「そんなに緊張しなくても…」
と、田村が言うとあいつら絶対なにかボロを見つけて金をとりやがるんだ、と厚木が言う。
「でも万全の対策とってたじゃないですかー。税務調査に向けて負けないようにってきっちり資料つくってたし、大丈夫ですよ」
田村は厚木をなだめるように言う。
実際、日々の仕事に置いてくどいほど税務処理を適切にやってきたのだ。
負けるはずないと田村は意気込んでいた。
決戦の時が来た。
会議室には調査官3人。迎え撃つは役員に厚木、田村だ。
「それでは私から調査報告をさせていただきます」
立ち上がったのは今井だった。
(デッチが報告すんのかよ)
ぶ然とした顔で今井を見ていた。
食堂で話をした時の顔ではない、冷静な顔。
『宝島にたどり着いた感じ…』
冷静な顔をしながらも今井は嬉しかっただろうか。
「一番若いのが報告するんですね」
コソっと厚木に話しかけると、厚木は少し驚いたような顔を向けた。
「あいつがリーダーだぞ。おまえ名刺貰わなかったのか?」
田村は驚き、厚木の方を見る。
「…名刺が切れてたらしくてもらってなくて」
あんなボサッとした奴が?捕らえられた宇宙人みたいな奴が?
「しかもこの地区じゃ有名なんだよ、どんなにクリーンな会計してても必ずボロを見つけて追徴税取るってな」
だから胃が痛いんだと厚木が言う。
はあ、と田村は再び今井を見た。
何だこいつ。何でこんなに色んな顔を持ってんだ。
「以上で、追徴税額はこちらとなります」
提示された額は中々のものだったが、厚木が考えていたよりはマシだったらしくホッとした顔をしている。
「お忙しい中、調査にご協力ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ!まあコーヒーでも飲んで行ってくださいよ」
厚木の言葉に3人は少し、顔を緩めた。
コーヒーを飲みつつメガネ調査官と女性調査官は厚木らと雑談をしていた。
田村は緊張が解けてトイレに向かう。
「あ」
トイレに入ると、今井が先にいた。
以前と同じ状況だ。
今井は田村に気づくと、目を背けた。
「お疲れさんです」
隣に立ち、田村の方から話しかける。
「…お、お疲れ様でした…」
同一人物と思えないほど、またオドオドしている今井に田村は笑顔を見せた。
「アンタ、すげーな。リーダーだったんだな。しかも凄腕なんだってな」
「いえ、そ、そんなことなくて」
田村の方を向き、弁解しようとする今井。
「俺、こんだけ税務対策してるし絶対ボロなんかないって思っててさ。負けるわけないって思ってたんだけど、あの金額だろ。アンタが宝島見つけたからだろ」
「…」
「すげーよ。完敗だ」
「そんな、勝ち負けじゃないですよ、税務調査…」
まだ話を続けようとした今井が突然絶句した。
田村が隣から手を伸ばし、今井の「不釣り合いな程にデカいアレ」を突然握ってきたからだ。
「な、ななななにを…!」
真っ赤になった今井を見ながら田村は笑う。
「俺の勝ち!」
なにが勝ちなのか、訳がわからないけど
とにかく今井を驚かせたかった。
「なあ、飲みにいかねぇ?どうせ今日で調査終わりだし。一緒に行っても良いでしょ。明日は休みだし丁度いい」
「え…」
「アンタ面白いからさ、飲んだらまた面白いのかなーって」
断られるかなと思いつつ田村は今井を誘った。
「…行きますよ。先日失礼なことしてしまいましたし…」
この前の昼ご飯の時の話を言っているのだろう。真面目に気にしていたのか。
田村は笑いながらじゃ駅前で、と約束を取り付けた。
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