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第3話
それからしばらくは忙しい日々が続いた。
松田の教え方は簡潔でわかりやすく、畑違いの職種でもなんとか役に立てている。意外にも松田は機械音痴らしくパソコンの前で書類一つ作るのも四苦八苦していた。それに何故か彼がパソコンを触ると必ず一度は原因不明のエラーが出る。それはもう、一種の才能なのではないかと思えるくらい毎回だ。
自分がSEで良かったと初めて思った。本来ならば顧客にヒアリングをしなければいけないのだが、この社ではヒアリングはSEに詳しい営業が全てやってくれる。そのせいで無茶な納期や設計を持ちかけられることもあるが、人前で笑顔で話すのが苦手な睦月には有り難かった。
松田もSE課の営業をやっているのかと訊いてみた。こんなに機械音痴がそんなこと出来るのかと単純に不思議に思ったからだ。
「オレはどうやら機械に嫌われているみたいなんだ」
微苦笑した松田は自らの機械音痴を全く気にもしていない様子で、「他でカバーしてるから大丈夫」と言った。
実際、彼の営業成績は常に上位でSE関係の仕事をとれなくても全く問題なかった。
残業続きでも疲れ一つ見せず、いつも笑顔で怒った顔なんて一度も見たことがない。機械音痴でも彼は十分、完璧な人間なのだ。
「はー、なんとか明日のプレゼン、間に合いそうだね」
椅子に座って背伸びをする松田がいつも通りの笑顔で睦月に話しかけた。睦月は「そうですね」と短く答える。
加賀美との初の顔合わせが明日に迫っていた。普通ならまず色々と依頼についての話をするのだが、今回は全面的に松田に任せたいという相手側のリクエストのため初顔合わせと同時にプレゼンの席が設けられた。
あんな大きな企業に全てを任せてもらえるなんて、一体松田はどんな交友関係を持っているのか。
「さ、今日はもう帰って明日のためにゆっくり休もうか」
「はい」
時計を見るとまだ夜の八時前だ。ずっと残業続きで家に帰る頃には日付が変わっている日もあった。体力には自信がある方だがさすがに疲労が蓄積されているのでその言葉に黙って従った。
帰宅すると一緒に暮らしている彼女はまだ帰宅していなかった。同じ大学で知り合った彼女のさやかは働き者で最近、すれ違い気味だ。けれど、お互い信頼しあっている。一緒に暮らすために頑張っているのだと思うとやる気が出る。
いつかもっと稼げるようになって彼女に楽をさせてやれるくらいにはなりたい。いつになるかわからないけれど。
シャワーと夕飯を済まし、明日のために資料を何度か確認してからベッドに入った。夜中にふと目が覚めて隣を見ると彼女はまだ帰宅しておらず、既に時計は零時を回っていた。
彼女もなかなかに忙しい業種で働いている。帰宅が夜中を過ぎることはよくある。最初のうちは心配もしたが、彼女はきちんと朝になる前に帰宅して隣で眠っている。今夜もそうだろう。
信頼しているから、心配もしない。いちいち心配していたらそれこそ彼女を信頼していないみたいではないか。
目を閉じてもう一度、眠りに入る。明日は大事な日だ。
――けれど、朝起きた睦月の隣に彼女はいなかった。帰って来た気配もなく、そのまま仕事へ行ったのかもしれない。帰らなかったのは初めてだ。正直、心配になった。
しかし、今日は大事な日だ。彼女が今、どこで何をしているのか気にはなったがメールを一通送ってすぐに家を出て出社することにした。
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