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第4話

 必要な書類を持って松田と打ち合わせをしながらエレベーターをおりる。一階に着いてフロアに出ると、もう一つあるエレベーターから駆け足で追いかけてきて「松田先輩っ」と呼び止める声に振り向いた。 「吏央、どうかした?」  吏央と呼ばれたのは総務課の和泉吏央だった。松田も有名だが、この和泉もかなり有名人だ。松田が美形なら和泉は可愛い見た目をしている。天使のようだと称される彼を間近で見たのはこれが初めてだが、噂で聞くより華奢で儚げな感じがした。 「これから陵さんのとこですよね?」 「うん、そう」 「楽しみにしてるって言ってましたよ」  その笑顔はまるで子供のようで、睦月より年上には見えなかった。 「えー、それ今言う?」  困った顔で苦笑して溜め息をついた松田を、おかしそうに見る和泉。親しげな二人の空気に同じ職場の知り合い以上のものを感じた。 「君も一緒に行くの?」  不意にこちらを覗き込むように見てきた和泉に一瞬、たじろぎつつ頷くとその手がスッと伸びてきた。 「眉間の皺、ひどいよ」  睦月の眉間に刻み付いた縦皺を子供をあやす母親のように撫でて皺を伸ばそうとしてくる。 「……あの……」  ひどく恥ずかしかった。緊張しているのを見透かされているみたいで、すぐにその手を出来るだけやんわりと払いのけた。和泉はそんな睦月の態度に気を悪くすることもなく、笑顔のままだった。 「なんか似てますね」  松田を見やると彼も「吏央もそう思う?」と苦笑していた。 「なんの話ですか?」  自分にはわからない話をされてムッとした。一体、誰が誰に似ていると言うのだ。勝手に人を他人と比べないでほしい。 「前にここで働いていた人も君みたいに眉間に皺をいつも寄せてたよ」  懐かしそうに話す和泉に、松田はいつもの笑顔を少し歪めた。珍しいなと思い、じっと松田を眺めているとその視線に気が付いて松田が肩を竦めた。 「そろそろ行かなきゃ」  腕時計を確認して、和泉に「またね」と手を振った松田に和泉も「いってらっしゃい」と満面の笑みで見送ってくれた。  加賀美の本社まではタクシーを使って移動した。車中ではプレゼンの内容の確認をしただけで、松田は「前に働いていた人」のことには触れなかった。  聞いてはいけないのだと察して睦月も何も言わなかったが、気になって仕方がなかった。きっと、いつも笑顔の松田が一瞬だけ見せた歪んだ笑顔のせいだ。  哀しげな、寂しそうな、辛そうな表情。笑顔で周りの空気を清浄する松田を苦しめる何か。その原因が知りたくてたまらない。  どうしてかわからないけれど、松田の笑顔を曇らせたくはなかった。

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