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第6話

 プレゼンは松田のカリスマ性と口の巧さ、更に加賀美の会長の孫からの後押しもあって予想よりもスムーズに終わった。重役たちへの感触は良好で、後日正式に契約を取り交わすこととなった。  松田はプレゼンのあとも加賀美と談笑をし、睦月は後片付けを早々に終わらせて松田を待った。  松田と加賀美が並ぶとカリスマ性が格段と上がる。そこだけ別世界だ。自分とは無関係な世界。  じっと二人を見ていると時折、松田は哀しい顔をして目を伏せる。その瞳の奥に計り知れない深い複雑な何かを感じ、睦月は視線を逸らす。逸らして、そしてまた松田を見る。  睦月が見ていることなど気付かずに、松田は加賀美と一見楽しそうに話をしているがその表情の意味に気が付いたとき、睦月の胸はたまらなく苦しく締め付けられた。  ――恋をしている。  松田の目は恋する人間のそれと同じだ。相手は目の前にいる彼なのだろう。同性に好意を抱いているだなんて、普通なら嫌悪を感じてもおかしくないのに不思議とそんなふうには思わなかった。それは松田の性格を知っているからなのか、それとも他に別の理由があるのか。 「じゃあ、そろそろ仕事に戻るから」  話を終えて加賀美が会議室から出て行こうと背中を向ける。その背中を見送る松田の瞳は切なく哀しい。  こんな顔が見たいんじゃない。笑っていてほしい、いつもと変わらないままで。  皮肉だな、と睦月はその瞳を見て思った。その哀しい色を宿した瞳が今まで見た中で一番綺麗に感じるなんて。  仕事終わりに松田にお疲れ様会をやろうと声を掛けられ会社近くの居酒屋へ行くことになった。二人で飲みに行くことは意外にも初めてで、睦月は少しだけ緊張した。  冷たいビールでささやかな乾杯をすると、松田は一気にビールを飲み干しすぐにもう一杯注文した。店員に愛想笑いを向ける松田はいつもと変わらないように見えた。しかし、二杯目を一口飲んだあと「はぁ-」と深い息を吐いて肩の力をガクリと抜いた。 「緊張したー」 「え? 緊張?」 「そうだよ、めちゃくちゃ緊張した。こんなに緊張したの、初めて一人で仕事任されたとき以来かも」 「そんなふうには全く見えなかったですけど……」  どちらかと言えばいつもよりもリラックスしているように見えた。加賀美が見ていることが松田の力になっていた。――自分は一緒に働いているのになんの力にもなれていない。 「そんなの見せるわけないでしょー。メンタル弱い人間だと思われたら営業じゃ致命的だからね」 「そういうもんですかね?」 「そういうもんなの。ま、期間限定の営業くんには関係ないか」 「そんなこと……」  そんなことはないとは言えなかった。自分はそのうち営業課からいなくなる。元いた部署に戻るということがわかっているから、気負うこともなかった。松田にしてみれば、腰掛け程度にしか思っていないのだろう。  自分の存在など所詮、そんなものか。どれだけ一緒に働いていても、加賀美に見せたような綻んだ笑顔を見せてくれることなないのだ。どんなに真面目に頑張っても。  モヤモヤした気持ちを消すようにビールを一気に飲み干した。喉の奥に残る苦みがビールによるものなのか、それとも心の中で消えないままのモヤモヤのせいなのか。 「先輩、お疲れ様です」  二杯目のビールが来てすぐに現れたのは和泉だった。相変わらず、その場が明るくなる笑顔で。 「吏央! おつかれー。さ、飲もう飲もう」  なんでこの人がここに来るんだ、と睦月はムッとした。二人でお疲れ様会ではなかったのか。

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