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第7話
「すみません、あんまり時間がないんで一杯だけ」
松田の隣に座った和泉がチラリと睦月を見て、肩を竦めた。
「また眉間に皺が寄ってるね」
そう言って額に手を伸ばして眉間の皺に触れてきた和泉。
彼の距離感の近さが苦手だ。簡単に触れたりしてこられると心の中を覗かれている気分になる。
「笑顔、なかなか見せてくれないんだよね」
「面白いことがないのに笑えないって、彼に似た人が言ってましたよ」
「なるほど……仕事ばかりじゃ笑えないか」
和泉の言っていることは尤もだ。面白くもないのに笑えない。特に今なんかちっとも面白くない。
「ところで時間がないって、どうかした?」
和泉の分のビールがテーブルに運ばれ、改めて三人で乾杯をする。
「久々に早く仕事が終わったらしいんで、ここまで迎えに来てくれるって言うんですよ。せっかく誘ってくれて申し訳ないんですけど、そっちが最優先なんで」
ふふ、と嬉しそうに笑う和泉はまるで子供みたいでさっきまで不快に思っていたのにスッと消えてしまった。悪い空気を変えてしまう、そんな笑顔の持ち主。
「相変わらず仲が良いね」
「羨ましいですか?」
挑戦的に松田を見る和泉の表情は天使と噂される彼の表情とは違っていた。コロコロと表情が変わる人だな、と無言で観察していると和泉はこちらの視線に気が付いたのかまたチラリと睦月を見た。
「べっつにー」
強がってビールを飲み干す松田。そのとき、和泉の携帯が鳴り出しパッと明るい顔をして和泉が電話に出た。
「もしもし?」
松田に視線を移すと優しく笑っているようで、けれどその瞳からはなんの感情も読み取れなかった。
「もう付き合って何年だっけ? 未だに仲良しでホントに羨ましい」
電話中の和泉を頬杖をつきながら独りごちる松田。和泉はそれを笑顔でやり過ごす。
「お付き合いしている人が?」
女っ気を感じない和泉の顔が緩みっぱなしで天使とはまた違う印象を受ける。
「そ、前にうちの会社で働いてた人でね、同じ部署だったんだよね。全く性格違うのに、こんなに長く続くなんて……すごいなぁ……相思相愛ってこういうことなのかなぁ……」
「松田さんて、意外と乙女思考なんですね」
「ロマンチストって言ってくれる? 清沢くんは彼女いないの?」
「……いますよ、一緒に暮らしています」
「えー、独り身はオレだけー?」
酔ってしまったのか松田は割り箸を入れていた箸袋をクルクルと丸めながら口を尖らせた。
彼への恋心を諦めれば松田ならすぐに恋人が出来るだろうに。向こうも松田の気持ちに答える気はないと松田自身、気が付いているはずだ。どうしてそんな苦しい恋を続けているのか睦月には理解出来なかった。
「じゃあ、そろそろ行きますね。また、誘ってください」
「今度はゆっくり、加賀美さんも一緒に飲もうね」
「伝えておきます。陵さんも飲みたがってたんで」
加賀美、という名前が出て思わずビールを持つ手に力が入った。
挨拶をして店を出て行く和泉の背中を視線で見送る松田に引き結んでいた口を開いた。
「和泉さんの恋人って……」
「今日、会ったでしょ? 加賀美さんだよ」
あまりにもさらっと言いのけてしまうので、睦月はなんと返したらいいかわからずビールを飲んで口の渇きを潤わせた。
「……男同士ですよね……」
「そうだね。清沢くんはそういうの苦手?」
「いえ……苦手とかはないですけど……加賀美さんって、あんな大企業の跡取りなのに周りは何も言わないんですかね……」
言いたいことはそういうことではないのに、言葉が出てこない。今、どうしようもなく悔しくて歯がゆい。
「それは本人たちの問題だからねぇ。それに周りの騒音なんてあの二人には聞こえていないよ。それだけ強い絆なんだ」
「……松田さんは……恋人がいる人が好きなんですか……」
空になったビールジョッキを握りしめたまま、睦月は振り絞るように声を出した。松田は目を大きく見開いて一瞬驚き、そしてすぐに笑顔を取り戻した。
「逆だよ。好きになった人に恋人がいたの」
「でも、諦めていないんですよね」
「……諦めるとかは、ちょっと違うかな」
首を傾げて松田は言葉を選ぶように視線を泳がせた。
「ずっと好きなまま、ただそれだけなんだ。だからって二人を引き裂きたいとも思っていない。あの二人が好きだからね」
「……辛くないですか」
何でもないことのように話す松田が哀しかった。こちらの方が泣きたくなって、グッと堪える。
「でも、好きな気持ちは簡単に消えないだろ?」
そう言った松田に、睦月は何も言えなかった。簡単に消える思いなら誰も相手のいる人を好きになったりしない。松田もきっとそうだ。
「なかなかうまくいきませんね」
「そうだね」
その後はこれからの仕事について静かに語り合った。アルコールが回ってほろ酔いになってきた頃に解散し、帰路についた。
部屋は真っ暗で彼女はまだ帰宅していなかった。シャワーと浴びると一日の疲れが一気に出て急激な眠気に襲われ、そのまま眠ってしまった。朝までぐっすり。
朝起きて隣を見ると彼女はいなかった。二日続けて帰って来なかった。さすがに心配になって電話をかけてみたけれど、彼女は出なかった。
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