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第1話
『人気俳優Mさんが遂に結婚!? 彼を真実の愛に目覚めさせたのは、オメガの一般女性!!』
遊び人と名高い二枚目俳優のスキャンダルが踊る雑誌を手に持ったまま、俺はベッドに体を投げた。
このだだっ広い部屋の中には、無駄に揃い過ぎている高級な家具、キッチン、風呂、洗面所にトイレなど全てが完備されており、今の季節がどれなのか分からなくなる程空調も完璧だ。
見上げた天井は非常に高い位置にあり、そんな場所にまで有名な画家の絵が所狭しと描かれていた。
どこからどう見ても金持ちの道楽と呼べるこの部屋は、幼い頃から俺に宛てがわれている部屋であり、そして半年ほど前から自身の牢獄となった部屋でもあった。
アルファの頂点に君臨するこの【織部 】の次男坊として生まれた俺は、例に漏れる事なく“アルファ”を第二の性に授かった。
だが、どうしてかその見た目は非常に凡庸で、頭脳も十人並み。
身長も高いとは言い難い丈で成長は止まり、これ以上伸びる気配は一切見えない。
では、俺よりも三年早く生まれた兄はどうなのかと言えば、それはそれは世間が思い浮かべるアルファそのもので、ご丁寧に傲慢さまで持ち合わせていた。
手に持ったままの雑誌をもう一度見る。
捲っても
捲っても
捲っても
どのページを開いて見ても、成功したアルファの話題で持ちきりだった。
俺は雑誌を床に投げ捨て大の字になる。
この世は嘘と欺きでいっぱいだ。
誰もがアルファをこの世の王だと信じ、手が届かぬ雲の上の存在だと、高嶺の花だと、そんな相手の番となる事を夢見ている。
そして実際アルファが世界を牛耳り、その手の平の上で転がしていることは事実だった。
だが、その陰で苦しむアルファが居ることを知る者は殆んどいない。
いや、知っていても知らぬふりをしているのだ。
テレビも新聞も雑誌も、連日アルファの功績を報じ讃えている。
全てのアルファが優秀で、頂点を競う優れた性だと信じていたいのだ。
そんなアルファの中に、見るに耐えない劣等生が存在する事など…この世界は決して認める事は無いのだろう。
遊びたい欲を押し殺し、睡眠を削り、そうして学びに勤しまなければアルファどころか、時には平凡だと揶揄されるベータにさえ成績を抜かれる出来損ないの俺、織部群司 。
優秀な兄とは雲泥の差である俺の劣等ぶりに、両親は汚い物でも見る様な目を向けた。
何をどう指示されても上手くこなす事が出来ない俺が高等部へ上がる歳を迎えた時、父は遂に最後通告を言い渡した。
『織部のアルファとして認められたければ、学園の生徒会長の座をもぎ取れ』
俺は劣等生。
背も低けりゃ誇れる頭脳も無い。容姿だって平凡の極みで、オメガを一瞬で惹きつける様な美しさは微塵も無い。だが、それでも俺は織部の人間だ。
由緒正しき家系に生まれたアルファなのだ、この世を統べる存在としてのプライドがあった。
認められたかった。
アルファとして、織部一族として、そして、一人の人間として。
父が理事を務める名門の男子校へと進学した俺は、兎に角脇目も振らず勉強した。
代々織部の人間はこの学園の生徒会長、つまりは“王の座”を勝ち得て来ている。勿論、兄も三年の年に生徒会長を勤め上げていた。
その流れを、俺で途絶えさせる訳にはいかなかった。
誰にも負けることのないよう、睡眠だけでなく食事すらも削ってただひたすらに机に向かった。
そんな俺を見て馬鹿にして笑う者は居なかった。だがそれは見直した訳でも無ければ、憐れんだ訳でも無い。
ただ、そのあまりの異様さに笑えなかっただけなのだ。
そうして守りたかったはずのプライドさえかなぐり捨てて、俺が手に入れた物は……
この世界の隠し事はまだまだ沢山ある。
人権を与えたと見せかけ、裏を返せば酷い仕打ちを受けているオメガがまだ多く居ること。
六つの性はみな平等だと謳いながらも、その実、ベータやオメガに決定権など持たされていないこと。
劣等生のレッテルを貼られたオメガの中に、ごく稀にアルファをも凌ぐ優れた人材が存在すること。
確かにひと昔前のオメガに対するその扱いは酷いもので、産む機械だとか、アルファの性欲の吐け口や玩具であると言われていた。
そんな時代に比べれば、政界に進出していたり、芸能界で人気を誇っていたりと現在のオメガは随分と住む世界を広げている様に見える。
アルファもまた、そんなオメガを“産む機械”などではなく自身のパートナーとして側に置き、その身を綺麗に着飾らせ自慢する様に連れて歩く者が増えていた。
だが、その根底は何も変わっていない。
現在のアルファはただ、王をも惑わす妖艶なオメガを宝石と同じ様に見ているだけだ。
自身が如何に美しく素晴らしいかを競う為の装飾品。またはアルファ同士の闘いで勝ち得た戦利品。
つまり、アルファの持つオメガへの認識は物扱いから抜け出していないのだ。
昔と何も変わらない。
だからこそ暗黙の了解の様にアルファは常に頂点に立っていなくてはいけないし、万が一にでも、織部の人間がオメガに劣ってはならなかった。
だが俺は、そんな織部のプライドとも言える土台を崩してしまった。
『では投票の結果、今期の生徒会長は【風見雅人】様に決定致します!!』
割れんばかりの拍手と歓声の中を優雅に歩く男の姿は、学園の新しい王として君臨するに相応しいもので、この世の強者であるアルファを匂わせた。
だが織部の人間である俺にとって、彼を王の座に上げることは決して許してはならないことだった。
なぜなら…何故なら彼は、
「お許し下さい…父様」
彼は、……オメガなのだから。
◇
織部が代々必ず手に入れてきた【学園の王】と言う地位を逃しただけに留まらず、その地位を攫った相手がオメガだったことに激怒した父は直ぐに俺を自主退学へと追い込み、こうしてだだっ広い自身の部屋へ軟禁した。
俺の存在を、世間の記憶から抹消するつもりなのだ。
両親とは学園を退学になって以来一度も顔を合わせていないし、兄はごく稀に嫌味を言いに来るか、「部屋から出るな」と忠告しに来るくらいだった。
現につい先ほども兄から「今日は部屋から一歩も出るな」と電話を受けたばかりだ。
きっと、オメガを連れ込むつもりなのだろう。
俺が部屋から出ることを絶対的に禁じる時は、決まって極上のオメガを連れ込む時だった。
せっかく最上級の宝石を手にしても、俺の様な弟がいると知ったら逃げられてしまうと思っているのだろう。
俺はこの先ずっと、誰の視界にも入らぬよう閉じ込められたまま死ぬまで飼い殺される。
何一つ秀でた所がなく、その上こんなにも凡庸な容姿では、幾ら性がアルファであっても売り飛ばしたところで外交にさえ使えはしない。
何の役にも立たないアルファなど、生きる価値すらない。それがこの家の考え方だ。
こんな所に閉じ込められたままでいれば、いずれ精神をやられ自ら命を絶つ日が来る。
それも、随分と近い未来に。
だったら死ぬ前に一度くらい、両親の目も、兄の目も気にせず好きにしてみたい。
あの美しくも傲慢な兄に一泡吹かせてやりたいと思った。
そうして何かのタガを外した俺は、のそりとベッドから起き上がると身支度を整える。
今日これから兄が連れてくるオメガの前に、この姿を晒してやろう。
由緒正しきアルファの家系織部にも、これ程にも出来の悪い醜いアルファが存在するのだと兄の狙うオメガに見せ付けてやろう。
そう考えると少しだけ気分が上がった。
何年ぶりかの笑みを浮かべると、久しぶりに自身の手で扉を開くために歩みを進める。
その足元で、“真実の愛”を手に入れたアルファの顔がぐしゃりと踏み潰された。
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