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 高級ホテルの大ホールが黄金一色に染まり、その部屋の中は華やかに着飾った者たちで溢れかえっていた。  それもそのはず、この日は織部家の次男と、風見家の長男の結婚披露式が執り行われていたのだから。  どちらの家族にも相談無く進めてしまった番の儀式に、多少風見家から小言を言われたもののそこは流石アルファの名家織部。結局はトントン拍子で互いの家の繋がり方が決まっていった。  沢山の人たちに囲まれ、祝福の言葉をかけられる。  楽団の奏でる音楽に乗り手を取り合って踊り、疲れればパチパチと泡の立つ液体を細長いグラスから喉へと流し込む。  そのどの場面でも俺の隣に立つのはあの極上のオメガ、風見雅人で、俺を散々馬鹿にしてきたアルファ達は悔しげに、恨めしげに顔を歪め俺たちを見ていた。兄に至っては出席を拒否したほどだった。    誰もが祝福を述べる裏側で『何故あいつが風見を…』と囁きあっていたが、幾ら不満を募らせたところで今更どうしようもないこと。俺たちはあの日、早々に番となってしまったのだから。  そうして祝福と嫉妬が混沌とする中で、年寄り集団が野暮にもニヤつきながら『そろそろ二人にきりにしてあげよう』と言い出した。  それにいち早く喰い付き反応を見せたのは風見だった。 「お気持ち、有り難く頂きます」  そう言って俺の腰を抱いた風見に、年寄り集団は湧き上がり、風見を狙っていた若者たちは悲鳴を上げた。  俺の腰に腕を回し隣を歩く、この世の“王”とも見える男、風見雅人は、部屋に入った途端その腕を外し俺の目の前に立った。  後ろでオートロックが作動する。  風見は何も言わずただジッと俺を見つめていたかと思うと、徐に頬へと手を伸ばした。 「緊張してるのか? 表情が堅い」  頬をひと撫ですると、今度はその美麗な顔を憎たらしく歪ませる。 「安心しろよ。どうせ今から前後不覚になるんだ」  羞恥心なんて直ぐに吹き飛ぶ。  そう言って風見は鼻で笑うと、そのまま固まっている俺の唇を同じ熱で乱暴に塞いだ。  著名人たちがこぞってリピートしたがるこのホテルのスウィートルームは、品が良くも豪華で、噂通り何から何まで素晴らしい造りだった。だが、そんな部屋を堪能することなく風見に連れて行かれたのはベッドルーム。  乱暴にも取れる手つきで押し倒され、ジャケットを引き剥がすようにして脱がされた。 「か、風見! ちょ、ちょっと待って、シャワーを」 「必要ない」 「んぅっ!…んっ」  そう言って再び唇を合わせられたかと思えば、荒々しく中に侵入される。風見の大きな手は、少しも逸らすことを許さぬように俺の顔を包み込んでいた。  しつこく遊ばれる口内に息が続かず、堪らず振り切ればそこからは飲み下せなかった唾液が溢れた。それを勿体無いとばかりに首から頬へと舐め取る風見。  俺の頭の中は混乱していた。そもそも、キスをされると思っていなかったのだ。  風見が俺を番に選んだのは、自分がアルファに征服されない為だと言っていた。そこに愛情は無い。  だとしたら、さっさと強引にカラダを開かせその中を堪能すれば良い話なのに、風見は先程からしつこい程キスをしたがった。  唇を離せば頬に、頬を離せば耳を柔く噛んで。そうされて上げてしまった俺の声に気を良くしたのかしつこく耳を攻めた後、風見は首筋に唇を落とした。  ねっとりと舐め上げられた後に襲うチクリとした痛みと共に、吸われた場所には紅く色付く所有の証が散った。  まるで、『自分のモノだ』と主張するかの様に。  俺たちはあの日、確かに番の契約を交わした。  晒された風見の項に歯を立てれば、互いの身体中に性の共鳴が波紋を広め、やがてじわじわと馴染んでいった。  そうして番となった時、次は俺が風見に抱かれる番なのだと覚悟した。だが、予想は大きく外れその場で早々に抱かれることもなく、今日というこの日まで抱かれることは疎か、結婚に関する事務的な理由以外で会うことすら無かった。  だからこそ、矢張り俺のような男相手ではその気にならなかったのではと思っていた。だが…今の風見はどうだろうか。  まるで飢えた獣の様だと思った。 「あっ、か…風見、待って、ま、ちょ…あっ!」  伸ばされる風見の手が熱い。  その手は落とされるキスの優しさとは正反対に俺のシャツを乱暴に引き裂き、驚き仰け反る胸元を露わにさせた。 「ひやぁ! あっ、なんっ、何でそんなっ、あっ!」  曝け出された胸元にある二つの粒に躊躇うことなく舌を這わせる。驚き逃げ出そうとする俺を逃がすまいと、風見の両手は俺の両手を強く拘束していた。 「今更逃げ出そうとしても無駄だ」 「あっ! あ、やぁあ、だ、だめ…ッ、」  唯でさえ初めての行為であるのに、相手はあの風見雅人で、オメガで、兄が望んでいた相手で…。  俺の心は背徳感に苛まれながらも、それを押し流すような風見の求める力の強さと、痛みではなく快楽だけを与えようとするその愛撫に頭の奥が痺れ、胸の奥がはち切れそうになった。 「か…風見っ、あっ、」  呼べば風見は胸の粒を舐めながら俺を見上げる。その挑発的な視線に捕まった俺は、カラダの奥が言い知れぬ熱に犯され、期待に喉をゴクリと鳴らした。  風見が肌という肌に舌を這わせる。まるでそのカラダが愛おしい相手のモノであるかのように、優しく丁寧に、形を覚え込む様にラインに沿って手を滑らせる。  それだけでも初心な俺には充分な刺激となり、口からはあられもない声が溢れた。  荒々しくもゆっくりと進むその中で、漸く風見の手が上半身から下半身へと移動しベルトを外すと、俺のズボンの前を寛げさせた。  緩んだそこから下着を潜り風見が手を滑らせた先は、与えられる愛撫に感じて反応する俺の中心だった。 「あぁあっ、やっ、やぁ! あっ、あっ、あぁぁああッ!!」  トロリとした蜜を零す入口に爪を立てられ、呆気なく散った欲望。恥ずかしさと惨めさと、だがそれを上回るほど強い快楽に襲われた俺は、はふはふと必死に息をして滲む涙を堪える。  すると風見はそんな俺に見せつけるようにして、下着から抜き取った手を目の前に翳すと欲望を纏った指を舐めた。 「なっ!」  顔を真っ赤にして言葉を失う俺に、風見がニタリと笑って見せる。呆気にとられたままの俺を無視して、風見は再び俺のズボンの中に手を入れた。そうして手を入れられた先は先ほど欲を放ったばかりの前ではなく、これから俺が男を、風見を受け入れなければならない後ろだった。  ぬめりを帯びた指先を、双璧の間に滑らせた。 「ッ!!」  その場所に触れられたことで、唐突に俺の中で疑問が湧き上がる。  俺のカラダは、オメガのように男を受け入れられるようには出来ていない。触れられた場所は単なる排泄器官であり、性器ではない。勿論相手は女性ではなく、寧ろ俺よりもそれらしい立派な男。つまりこれでは、単なる男同士の情交になってしまう。そんな行為に、何の意味が有るのか…。  俺はアルファとしてのプライドを守りたかったのに、なぜ、オメガに抱かれようとしているのか。どうしてオメガに翻弄されているのか。  極上のオメガを手に入れたからといって、アルファの何を守れるのか。アルファを組み敷きたいと言う風見の欲望を満たすだけではないのか。  そもそも、アルファとして守りたいプライドとは何なのか… 「やだぁあっ!」  思わず目の前の風見を押し退けて逃げを打った。  怖い  どうして  どうしてアルファの俺が、男に―――  そう思ってシーツの上を這うが、それは風見の手によって引きずり戻された。 「今更なにビビってる」 「おれはっ、俺はアルファだ!」 「知ってる」 「翻弄されるんじゃなくて、翻弄する立場なのにっ、おれはっ」  ヒッ、と情け無くも涙を啜れば、風見はそんな俺を強くベッドへ押さえつけた。 「今まで散々翻弄しておいて良く言う」 「…ぇ、…」 「どれだけ前に立ち塞がっても、お前は少しも俺を見なかったな」  見ているのはいつも学園の王の座と、その先にある織部のことばかり。  前に立つ風見雅人は越えるべき“壁”ではあったものの、それを“風見雅人”と言う一人の男として認識する事は、結局最後までなかった。  どうして俺を見てくれない?  どうして俺に気付いてくれない?  必死に目の前で暴れてみても、その目は遥か遠くを見たまま一切ブレる事はなく、憎くて、悔しくて、苦しくて。  王の座を攫いさえすれば、あの瞳は漸く“風見雅人”を映すのだろうか。  そうして気が狂う程にその存在を渇望し、死に物狂いで手に入れた王の座に着いた時にはもう、その姿は風見の前から跡形もなく消えていた。 「お前が守りたいモノは本当にアルファとしてのプライドか? アルファとしての自分か? 違うだろう」  アルファなんて関係ない。お前が守りたいのは“自分自身”。亡きものにされたくないのは“織部群司”という一人の男。だからお前は俺の手を取った。  例え“織部”の名を捨てようとも、一人の人間として生きていくその為に。  そう言われて俺は、初めて自分の求めていたものを思い知った。  俺はただ、誰かに必要とされ、愛されたかっただけなのだと… 「今更余計な事を考えるな、黙って俺のモノになってろ。俺だけが、お前を“お前”として認識してやる」  部屋中に広がった風見のフェロモン。  それはどんなに抵抗を見せたところで番の俺が敵うものでは無く、あっと言う間に溶かされた意識は快楽への一本道に足を踏み入れる。  カラダの奥に差し込まれた指を拒絶出来ぬまま受け入れ、そうして俺の中はやがて、風見一色に染まった。 「今度こそ、俺以外見えなくさせてやる」  視界の端で、細く頼りない足が揺れていた。  喘ぎ声しか漏らさなくなった俺の口は度々風見に塞がれ、そうしてまた喘いでを繰り返し、その身を強く激しく穿つ風見の額からは揺れる度にポタポタと汗が落ちた。  行き過ぎた快感に何とか堪えようと手はシーツを握り締め、足は覆い被さる風見の腰に巻きつける。だが、そうして余計に深まるその杭の刺激に視界で火花が散った。 「群司、群司…」  朦朧とした意識の中で見た、余裕の無い風見の顔が嬉しかった。  切なく眉を寄せ、熱い吐息を零し、いっそこのまま一つに溶け合ってしまうのではないかと思う程深く、深く、俺を突き上げる。 「あっ! あっ! 風見…かざ、み…あぁあっ!」  彼がオメガであることなどどうでも良い。  俺がアルファであることなど、もう、どうでも良い。  彼が、俺を俺として見てくれるのなら、もう、それだけで…  あれ程固執していたアルファとしてのプライドを忘れ、余すこと無くオメガにその身を明け渡した。そうしてその身を“女”へと変えられていくことに喜びを感じた俺は、きっと本物の出来損ない。 「俺以外を見ることは赦さない」  風見に絡み取られた俺の指。  導く光と信じ手繰り寄せたそれは、救いか、それとも…… END

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