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番外編:兄 前編
弟に出し抜かれた哀れな男。
式に出席しなかった腰抜けアルファ。
俺の評価は以前に比べ遥かに地に落ちて、弟の披露宴の直後など散々な言われようだった。それでも何とか落ちこぼれずにいられるのは、顔の出来の良さと家名に釣られて寄ってくるアルファやオメガが、まだまだ後を絶たないからだ。
悪評が立っていようと無かろうと、俺を利用しようと媚びを売る奴らは掃いて捨てるほど存在する。
「ねぇ、もう終わり…?」
部屋の中に申し訳程度に置かれたソファの上で、少年のような見た目を維持する小柄な青年が、曝け出した肌を桃色に染め、全身からオメガのフェロモンを垂れ流して俺を見上げる。
その下に散らばる乱れた衣服と彼の肌に浮かぶ花弁を見れば、今までここで何が行われていたかなど聞かなくても分かるだろう。
「なんだ、まだ足りないのか?」
意地悪く笑って見せれば、青年は羞恥で顔を更に赤く染める。そんな彼が、見せた表情ほど清純でないことは既に躰を繋げて知っていた。
「だって、また暫く会えないんでしょう? こんどはいつ会えるの?」
「直ぐに会えるさ、俺たちが運命だったらな」
「もう…、またそんなこと言って」
幼い子供の様に頬を膨らませる姿は愛らしいと思うが、ただそれだけだ。むしろ見飽きている。それを表情に出せば更に面倒事が増えるだろうと、本音を隠し完璧に作り上げた笑みを顔に張り付けた。
「ほら、そろそろパーティに戻ったほうがいい。誰かに気づかれると厄介だろう?」
それなりに人気のあるアルファを独り占めすれば、やっかみもそれなりに受けるものだ。
嫉妬にかられた輩のやることはえげつない。青年もそれをよく理解しているのだろう、諦めの溜め息を吐くと、漸く床に脱ぎ散らかされた服を身に纏った。
「宗一(そういち)さんは?」
「俺は一服してから戻るよ」
青年は小さく頷き扉の外を用心深く確認すると、名残惜しさを滲ませながら部屋から出ていった。
富豪に貸し切られたホテルのパーティ会場を抜け出し、空いている部屋にアルファがオメガを連れ込むのはいつものこと。暗黙の了解として、いくつか鍵付きの部屋が開放されている。
部屋に付属したバルコニーに出ると、煙草に火を点ける。はっ、と紫煙と共に溜め息を吐き出せば、理由のない疲れまで漏れ出たようだった。
どうしてこうも、アルファの世界は退屈なのだろうか。
恥ずかしげもなく甘いフェロモンを撒き散らし、媚を売り続けるオメガ。そんなオメガを捕まえる為に、力のあるアルファの周りをうろつくハイエナの様な同族。
どいつもこいつも欲に目をギラつかせ、自分が伸し上がるために人を踏み台にしようとしているのが丸分かりだ。まぁ、そんな輩を性欲の捌け口として利用している自分は、一等どうしようもない人間なのだろうが。
有名どころのオメガを数知れず組み敷いてはみたものの、喘ぎ声まで作られた媚のように思えて、心の芯が本気で熱くなることは一度も無かった。そんな中で現れた異質ともいえる、アルファのようなオメガの男、風見雅人。
未だ嘗て無いほど心を揺さぶられ、手に入れたいと願った唯一のオメガだったのだが…。
織部の家に生まれた者の宿命である〝学園の王の座を得る〟という大儀を無様にも取りこぼし、ついには両親からも見放され軟禁生活を強いられることとなった出来損ないのアルファ、織部群司。
また一方で、弟が取り損ねた王の座を得て学園の王となった、アルファが涎を垂らして欲しがる一級品のオメガ、風見雅人。
奴らの間に一体なにが起きて、どうして番契約を交わすことになったのかは皆目見当もつかない。だが、あのどんなアルファにも靡くことのなかったアルファよりもアルファらしい風見が、出来損ないでしかない弟を選んだことは間違いようのない事実だった。
頭の出来も、 顔の出来も。あの出来損ないとは比べるまでもなく良品である自分が、なぜ風見雅人に選ばれなかったのか。考えれば考えるだけ泥沼に嵌って行く気がしてならない。
「はっ、馬鹿馬鹿しい」
部屋から拝借した灰皿に煙草を押し付ける。そろそろパーティも佳境に入った頃だろうか。出来損ないの弟達も参加する今回のパーティにはあまり戻りたくないが、そうはいかないのが社交界というものだ。
短くも重い溜め息をもう一つ吐いて、一歩足を踏み出した、が。
「ダメだって、もう時間が」
「無理、我慢できない。出掛ける前にヤらせてくれなかったからだ」
「そんなっ、ちょ…あっ!」
先ほど出ていったオメガが鍵を開けて行ったから、この部屋が無人だとでも思ったのだろう。バルコニーの俺の存在に気づかず、ドサッ、と先ほど青年が組み敷かれていたソファに男が二人倒れこんだ。
「まっ、待って、そんな急かさないでくれよ」
「急げと言ったのはお前だろう」
(しまった…出そびれた)
再び一歩引き返した俺は、バルコニーの壁に背を預け隠れる。一体誰が他人の情事を覗き見したいと言うのか。
さっさと会場に戻っていれば良かったと、頭を抱えかけたその時。
「お願い、ちょっと待てって風見、あっ、」
「良い加減名前で呼べと言ってるのに」
…なに?
「さっさと済ませないと人が探しにくるぞ。中途半端に止められたいか? ほら、早く足を開け、群司」
いま、奴らはなんと言った…?
思わずバルコニーから中を覗き込む。そうして俺のこの目が認めたソレは、予測と寸分違わぬ姿でそこにあった。
「名前をちゃんと呼べよ、でないと酷くするぞ」
「………」
「群司」
「…ま、雅人…」
「ほら、自分で足を開け」
目を疑う、とはこの時の為にあったのか。
曲がりなりにも織部の血を受け継いでいる、出来損ないの愚弟。頂点に近い人間らをも差し置いて、最高のオメガを手に入れ社交界へと返り咲いたその弟は、確かに〝アルファ性〟を携えていたはずだったが――――
その認識を覆そうとでも言うかのように、弟の形をした男はいま、オメガのように…いいや、まるで女のように男を受け入れようと足を開いた。
「なんだ、嫌だと言いながらもうグチャグチャじゃないか」
男は舌なめずりをする。
「これなら直ぐに入るな」
「ひぅッ、あっ、ンあぁああっ!」
「ほら、入った。お前のここは覚えが早い」
反応を楽しむように、男が戯れに腰を揺する。だがその動きはあっと言う間に激しいものへと姿を変えた。
「あぅッ! あっ、あっ、やっ、やぁあっ! はげしッ…も、ゆっくりぃぃ」
「そんなこと言って、いつもゆっくりじゃあ足りないくせにっ」
男が熱く重い息を吐く。
「ひぁあッ…あっあ! っおくっ、おくやぁあッ! あぐぅっ」
思わず目を逸らし、耳を塞いだ。
(なんて声を出す!?)
男に与えられる、まるで獣の様な激しい抽挿に、群司は悲鳴にも似た喘ぎを絶え間なく撒き散らした。
少し高くて、けれど女よりは低い、男を嗜虐的にさせるような、酷く蠱惑的な声。
仰向けに押さえつけられた群司に覆い被さる男…風見雅人は、その声にあからさまに煽られているようだった。
「まさか、そんな馬鹿なことが…」
口元にあてた手が無様に震える。
群司はアルファ、そして風見はオメガ。だがどう考えたって今見てしまった光景は真逆ではないか。
どうなっている? 一体、どうなっている?
後から考えても理由は分からない。だが俺は、まるで誘われるようにもう一度、部屋を密かに覗いた。…後悔したのは、直ぐだった。
「ッ、」
心臓が止まったかと思った。目が、合ったのだ。
「あっ、まさと…やめっ、もうっ」
「一回で終わらせてやる。だからもう少し我慢しろ、直ぐにイくなよ?」
「はっ、あぁ…」
快楽の辛さから流した群司の涙を、風見がねっとりと舐めとった。…俺と、その目を合わせながら―――――
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