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【必狂パラレルワールド】①

 十一月一日。その日は久しぶりのオフだった。  ハロウィン特番の収録が長丁場で、毎年かなり心身疲弊するから成田に頼んでスケジュールを調整してもらった。  俺がオフなんだから、もちろん葉璃もそうだ。  成田から林へスムーズに話が通るようになったのは、手間が省けていい。  偏見も反対も無く俺らの交際をあっさり受け止めて、あげく仕事に影響が出ないよう努めてくれる周囲の協力的な姿勢は、寛大という他無い。  感謝してる、という言葉じゃ足りないくらいだ。  俺は、葉璃が居ないと生きていけなくなった。  無理なのは分かってるが、常に葉璃のそばに居たいと思ってて。どうしたらその願いが叶うのか、実は毎日そればかりを考えている。  だからといって仕事は疎かにしない。真摯に向き合っているつもりだし、少しも手を抜かない。仕事に対しての考え方は、何なら葉璃と出会う前より意欲的になったと自分でも思う。  ……与えられた仕事をきちんとこなさないと、葉璃から「嫌い」って言われるからだ。  とはいえ俺は、芸歴に見合った確固たる地位を築いている。  結果ファンを裏切った事になってしまったが、恋人宣言しても、世間からも業界からも派手に叩かれる事が無かったのはそのおかげだ。  多少の無理が通せるのも、一応は俺の顔あってこそ。  それに葉璃を付き合わせてんのはどうかと自分でも思うが……出来るだけ一緒に居る時間を増やしたいと願うくらい、いいんじゃねぇかな。 「──葉璃ー。葉璃ちゃーん」  腕が寂しくて起きたら、隣に葉璃が居なかった。これはそんなに珍しいことじゃない。  枕元のスマホを取って時間を確かめると、七時六分。  昨日もドクターとナースのイメプレで盛り上がって、つい二時間前まで起きてたのにもう歯磨きしてんのか。  呼んでも反応が無いってことは、シャワー浴びてる可能性大。  俺が隅々まで洗ってやっても、寝坊をかまさない限り朝シャンは風呂好きな葉璃の日課だ。 「しょうがねぇな。俺も便乗するか」  起き上がって呟いた俺は、下心満載でベッドを下りた。  収録で葉璃も疲れてたし、夕べは五時間で勘弁しといたから朝の一発はどうしたって期待する。  朝勃ちでバキバキになったムスコが、もう期待してるぜ。  待ってろ葉璃ちゃん──! 「……なんだ、このにおい」  だがしかし、ムスコを落ち着かせながらベッドルームの扉を開けると、この部屋では今まで一度も嗅いだ事のない所帯染みた匂いがした。  これは……。  これはまさか……。  恐る恐るキッチンへ向かう。  すると流しで手を洗う葉璃と目が合い、仰天した。 「あ、聖南さん。おはようございます」  おはよう、葉璃。今日も最高に可愛いな。  ……じゃなくて!!  なんでエプロンしてんの!? トマト柄でめちゃめちゃ似合ってるけど!  てかダイニングテーブルに並んだザ・朝食なメニューは誰が用意した!? 美味そうだけど! 「葉璃、ちょっと待てよ! なんだこれは……!」 「何って、朝ごはんですよ」 「そりゃ見れば分かるけど! どうやって作った!? 包丁に手が届いたのか!?」 「どういう意味ですか?」  理解が追い付かず、葉璃に近寄って早口で捲し立てた。  俺は、諸々あって葉璃が包丁を握る事さえ許可してない。滅多に家でメシ食わねぇから、食器棚の上にしまい込んだ包丁を、何なら処分しようかと考えてたほどだ。  葉璃が家事下手なのは見てりゃ分かるし、同棲するからってそもそも葉璃にそれを任せるつもりなんか毛頭無かった。  葉璃の手料理食いてぇ、とも一度も思ったこと無いし。  それが何?  なんでそんな〝当たり前〟みたいな顔してんの? 「多くても週に三回くらいですけど、俺たまに朝ごはん作ってるじゃないですか」 「はぁっ!?」  まただ。  可愛すぎるキョトン顔で俺の心臓を破壊しつつ、まるで俺の方が間違ったこと言ってるかのようなガチトーンだ。 「ほら、包丁もここに」  葉璃は慣れた様子で、食器棚の引き出しを開けた。 「あっ!? えっ!? ど、どうやってこっちに移したんだよ! 包丁は食器棚の木箱に入ってたろ!? 俺が腕伸ばして届く位置にあったのに! しかもなんで……っ」  俺がギョッとしたのも無理もない。  そこには三種類の包丁、ピーラー、スライサー、キッチンばさみが収納されていた。  俺はこんなに買い揃えた覚え無いぞ。  いったいどうなってんだ。  手早く鍋を洗っている葉璃の横顔を見て、俺は人生最大に狼狽えていた。  その間も、テーブルに並んだ料理から美味そうな匂いが漂ってくる。  だがおかしい。  葉璃はとり肉一枚焦がす子だったはずだ。  ……マジでどうなってんだよ。 「あ、分かった。聖南さん、まだ寝ぼけてるんですね?」 「はいーっ!? 寝ぼけてねぇけど!?」 「ささっ、温かいうちに食べてください。昨日の夜に仕込んでた炊き込みご飯、とっても美味しそうですよ」 「たっ、炊き込みご飯……!? しかもカボチャが入ってる……! それに玉子焼きに味噌汁に……野菜炒めまで!? はぁっ!?」 「昨日の夜ご飯が重たかったので、今朝は量を少なめにして野菜いっぱい食べましょう」 「…………っ!?!?」  ニコッて……! ニコニコッて……!  可愛い! 葉璃ちゃん最高に可愛い!!  〝週三で作ってますよね〟発言は腑に落ちないが、葉璃はなんでも飲み込みが早い。  突然料理の才能に目覚めたって考えると、かなり苦しいが納得は出来る。  そうだな、うん。  別に望んでたわけじゃねぇが、葉璃が作ってくれたっつーんなら丸焦げの肉すら愛おしく思える俺は、大好きな人の手料理に喜ばないはずない。  トマト柄のエプロンを外した葉璃を凝視して、理解不能な色々は都合良く頭の隅に追いやった。  「ありがとな」。  熱烈なハグと共にそう言おうと口を開きかけたその時、さらに謎が深まる発言をされる。 「収録のあと、打ち上げだーとか言って、ダンサーさん達呼び出していつものお店で焼き肉食べましたもんね。昨日は聖南さんも結構食べてましたし」 「……ん?」  や、焼き肉……? 昨日? 行ったっけ?  俺の手を引いてダイニングテーブルに落ち着いた葉璃が、俺にも腰掛けるよう促す。  葉璃から視線がそらせない。  可愛くて見惚れてるのとは違う。  だって昨日は……収録終わってまっすぐここに帰ってきたはずだ。  風呂が先だって泣きべそかく葉璃をベッドに押し倒して、そのまま……。 「いや待って、葉璃。俺ら昨日、焼き肉行った……?」 「えぇっ、忘れちゃったんですかっ? 聖南さんが皆さんを呼び出してたのに」 「俺がっ!?」  どういう事なんだよ! 葉璃がこれだけマジの顔してんだから、ホントなんだろっ? 葉璃はウソが激ヘタだからな。  てかなんで俺は覚えてねぇんだ!  下戸な俺が記憶飛ばすとかあんのかっ?  手料理といい、葉璃の発言と俺の記憶の食い違いといい、いったい何がどうなってんだよ!?

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