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【必狂パラレルワールド】ハル編

─ハル編─ 「ふぁ……」  いつもと変わらない朝だった。  目覚めてあくびをする。そのとき感じるのは、がんじがらめにされてて身動きが取れない窮屈さ。  でも全然、嫌じゃない。むしろこれがないと、俺もグッスリ眠れないくらいには馴染んでること。  聖南は毎晩俺を抱き枕にして寝ている。ずっとそのままの態勢なんじゃないかって心配になるくらい、寝てる時まで俺を離さない。 「ふふっ……。重いよ、聖南さん……」  朝のルーティンのためにそっと腕と足をほどいて洗面所に向かうのも、普段と変わらなかった。  寝ぼけ眼で歯磨きをしていたら、手足が寂しくなって目を覚ました聖南がベッドルームから「葉璃ー」と俺を呼ぶ声が聞こえてくるんだ。いつも。  ただその日は、なかなか聖南の声がしなかった。それどころか俺という抱き枕無しで、二時間以上も一人で眠っていた。 「疲れてたんだなぁ……」  心配になって様子を見に行っても、起きる気配が無くて。  昨日の収録は長丁場だったし、帰ってきてからも長時間たっぷりイメプレして……って、わわわわっ!  〝日向先生〟を思い出すと顔から火が出そうになるっ!  聖南を起こさないようにリビングに移動した俺は、ソファの定位置でふわふわクッションに顔を埋めた。そして、しばらく静かに悶える。  お医者さんのコスプレをした眼鏡聖南が頭に浮かんでしまうと、ジッとしてられない。  芝居は出来ないって言ってる聖南が、イメプレだけは張り切っちゃって……自分の射精を我慢しつつもあんなにしつこく俺をイジメてたんだもん。 「そりゃあクタクタだよね……」  聖南が丸一日お休みなんて一ヶ月に一回あるか無いかだから、今日くらいゆっくり寝かせてあげよう。  そう思って、二度寝が出来ない俺は聖南が起きてくるまで適当に時間を潰すことにした。  指紋一つ無いガラステーブルの上に置かれたテレビのリモコンを取ろうと、前のめりになる。情報収集も仕事のうちだって、聖南が教えてくれたから。  ──その時だった。 「葉璃〜朝メシまだ〜?」 「……っ?」  聖南だ! と振り返った俺は、腕を伸ばしたまま固まる。パチパチっと瞬きして、さらにはゴシゴシっと目を擦った。  だって……。  左手で頭をボリボリ掻きながら、スウェットのズボンに右手を差し込んで起き出してきた聖南が、なんか〝違った〟からだ。  しかも「朝メシまだ?」って言った……? 聖南から一度もそんなセリフ聞いたこと無いんだけど……?  素足でペタペタとフローリングの床を歩いて来る聖南を視線で追うと、俺の左隣(聖南の定位置だ)にドカッと座った。その勢いで、俺の体が小さく弾む。  「よく寝た〜」と言いながら俺にじゃれついてくるのは、聖南に違いない。不意打ちで唇にチュッとキスしてくるのもそうだ。  ポポポっと、俺のほっぺたが瞬時に赤くなるまでがデフォルト。 「お、おはようございます」 「んー、おはよ」  八重歯を覗かせて「腹減ったー」と微笑む聖南は、爆睡できたからかスッキリしてるように見えた。  髪はボサボサ、ソファの座り方も何となくだらしない気がするけど、寝起きは誰だってそうなる。  さっきのもきっと、言い間違いなんだ。「葉璃、朝メシ食べた?」って言いたかったんだよね。 「ヤバ、腹がグーグー鳴ってる」 「えっ、じゃあ何か食べに行きます?」 「外に? なんで?」 「お腹空いてるんですよね?」 「うん、空いてる。めちゃめちゃ腹ぺこ。今日の朝メシ何?」 「えっ!?」  あれっ、聞き間違いじゃなかったの!?  言い草的に、俺が用意してないのがおかしいくらいの物言いだ。 「あ、あ、朝メシ何? って聞かれても……」  俺は家事の才能が壊滅的に無いから、聖南直々に料理禁止命令が出てるんだよ。万が一聖南が居ない時にケガでもしたら危ないからって、包丁は俺の手が届かない食器棚の上にしまわれてるほどだ。  それなのに、朝メシ云々はおかしくない……? 「あ、もしかして作ってない? めずらしー」 「えぇっ?」  珍しくないよ! どういう事!?  寝起きなのに俺を揶揄ってるのかと、黙って聖南を見つめる。  口角を上げてふっと笑うアイドルスマイルはいつも通りなのに……何かがおかしい。 「昨日は無理させちまったしな、葉璃もたまには朝メシ休みてぇよな。いいよ、俺は。外行っても」 「…………」 「今日俺パンの気分なんだよな〜。あ、焼きたてパン食いてぇかも。葉璃、時間かかっていいからパン作ってよ」 「パンっ!? 俺がですか!?」 「ああ、だって外で食うより美味いもん」 「……っ!?!?」  おかしい! 絶対おかしい!  そんなの人生で一回も……ていうか、自宅で焼きたてパンが食べれちゃうってことも今知った俺に、どうやって作れっていうの!?  空いた口が塞がらない俺に、聖南は尚も追い打ちをかけてくる。 「よく作ってくれんじゃん。あの機械に材料入れたらボタン一つで出来るって喜んでたし。しかも葉璃はひと手間加えてくれっからさ。パン屋行くより断然美味いんだよな」 「……そ、それ、誰の話してますっ?」 「葉璃だけど」 「……っ!?」  ち、違う。そんなのウソだ。  俺はパンなんて焼いたこと無いよ。作り方なんか知らないんだってば。  それは聖南が一番よく知ってると思うんだけど。  どうやったらボタン一つでパンが出来上がるの。どんな材料を入れたらパンになるの。  そんな機械、聖南の家には無いはずだよ。俺はそれを見たことも聞いたことも無いんだから。  もしかして聖南、誰かと間違えてるんじゃない?  ほら……俺と付き合う前、パン焼くのが上手だった人が居たとか……。  その人と間違えてるんだとしたら、物凄く悲しい。寝起きだからって度が過ぎてる。  俺は諸々の確認のために、勇気を出して聞いてみた。 「あの……俺がパンなんて焼けると思います?」 「ん? 焼けると思うかって、普段やってんだからそれめちゃめちゃ愚問じゃね?」 「なっ……!?」  唖然とした。  明らかに俺と誰かを間違えてるのに、やっぱり聖南は、俺がそんなことを言う方がおかしいみたいな言い方をしてくる。  ケトルでお湯を沸かそうとしただけで、「料理はダメだぞ!」って飛んでくる人の発言とは思えない。  過去にはこだわらないけど、わざわざ比べられるとさすがに俺もショックを受けた。 「そんなこと無いです! 俺は、パンなんか焼きたくても焼けません!!」  「ひどいっ」と呟きながら勢いをつけて立ち上がった俺を、聖南は特に驚きもしないで見上げてきた。 「ん〜でも焼くのは機械じゃん。便利な世の中だよな。オーブン要らずで焼きたて食パン食えるんだぜ」 「そういう事を言ってるんじゃなくて……っ」 「なんだよ。どしたの、葉璃ちゃん」 「聖南さんこそ!」 「え、俺?」  そんな……っ!  俺、こんなにプンスカ怒ってるんだよ。どうしてキョトン顔で俺を見上げられるの? 「もう知らないっ!!」  ムカついた俺は、リビングを飛び出して聖南の書斎に逃げた。ここは防音だから、「なんなの!?」と感情のままに叫んでも外には聞こえない。  聖南は、俺を傷付けるような意地悪は絶対言わないもん。揶揄うにしたって、結局は俺が照れて終わるような、他人が聞いたらただの惚気に聞こえちゃう類のやつしか言わないもん。 「前の人と比べるなんて……ひどいよ聖南さん……」  今日の聖南はおかしい。  誰がなんと言おうと、おかしい。  俺を怒らせたと分かったら秒で追いかけてくるはずの聖南が、数分経ってもここにやって来ないんだよ。  怒ってるくせに、待ってる俺も俺だけど。 「おーい、葉璃ちゃーん。聖南さん腹減ったよ〜」 「……っ!」  この期に及んでまだ腹ぺこを訴えてくるの!?  俺怒ってるよ!? 悲しい気持ちにもなってるよ!?  ガチャっと扉を開けた聖南を、なんだかやりきれない思いで睨みつける。でも〝おかしい〟聖南には、俺の怒りとか悲しみは何も伝わらなかった。  代わりに、部屋を見回して「うわっ」と驚いた聖南は、またもや妙なことを言い始める。 「葉璃ちゃんいつこの部屋片付けたんだよっ?」 「……え?」 「さすがだな。めちゃめちゃ綺麗になってる」 「…………え?」 「あの汚部屋片付けんの大変だったろ、ありがとな」 「…………はい?」  言ってることがちんぷんかんぷんなんですけど。  普段から整理整頓されたこの部屋を、俺が片付ける……? ここは聖南の聖域だから、なるべく立ち入らないようにしてるのに……?  聖南もそれ、知ってるよね?  俺にはどこをどう使おうが構わないって言ってくれてるけど、書斎だけは遠慮して数回しか入ったことが無い、って……。 「聖南さん、あの……どういう事ですか?」

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