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終章【選択・参】要黒の欒③
「オイ芥川と其処の丁稚」
「敦君」
「……芥川と敦、其処に正座しろ」
敦の名前を正確に把握していなかった中也は背後から太宰の指摘を受けて云い直す。
幾分かの刻は経過し、激しさを伴う行動は未だ厳しくとも、二人は中也の言葉で岩場から身を起こし形の整わない岩場の上に正座をする。中也は決して二人を急かす事はしなかった。様子をじっと見詰め乍ら二人の正面に腰を下ろす。
「俺が何で怒ってんのかは解るよな?」
敢えて口に出したのは其の事実を風化させず再認識する為だった。
二人は互いの様子を確認する事も無く、正面の中也に向けて一つ大きく肯く。
「太宰の野郎は手前らの事を赦すなんて云いそうだが、俺は手前ら二人がやった事は赦せねェ」
ごくり、と固唾を呑んだのは何方だったのか。
「確かに太宰を性の対象として見たくなるのは解る」
「え、」
「一寸」
神妙な空気に自ら耐え切れなくなったのか、中也が放った一言に一同の眼は点になる。
其れに動揺を表したのは太宰で、突然何を云い出すのかと中也の背後から肩に手を乗せて制止を試みるが、中也は振り向く事もせず其の腕を掴んで更に前方へと引く。体勢を崩し掛ければ太宰は中也の背中に躰を乗せるような状況となり、中也の向こう側に居た敦と芥川が眼を剥いて自分を見ている事に羞恥が込み上げ、中也が掴んでいる腕を引こうとするが、中也はそんな太宰の焦りすら意に介さず、肩口に覗く太宰の顔を指差した。
「此れは、俺のだ」
「!!」
「手前らが此奴の事を考えて抜こうが、其処迄口を挟みやしねェ……が、」
太宰の腕を掴んだ儘手を背後迄運んで行くと、太宰は衝撃も無く緩やかに岩場へ腰を落とす。其の後直ぐに中也は手を放したが、太宰は其の儘中也の肩に手を乗せる。
「中――」
「太宰が心から愛してんのは俺だけだから、夢を現実にしようと行動に移したら今回みたいな事が亦起こるぞ」
――ごつっ
想定し得ない中也の言葉に、太宰の額が中也の背中に直撃する。肩に乗せた手の指先には徐々に力が込められていき肉を強く掴む。
「――ねえ、先刻から何勝手な事許り云っているの君は」
太宰が此れ程迄に動揺を露わにするのは敦も芥川も初めてだった。
如何な時でも――彼の時も――自らの調子を崩さなかった太宰に斯様な反応をさせる事が出来るのは、矢張り中也以外には存在しないのだと改めて現実を目の当たりにさせられもした。
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