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秘密の契約
時間は一年前に遡る。
高速道路のスリップ事故で、瑠維と璃音の両親が亡くなった。
中学二年生の水上璃音は、両親の葬儀を終え、父の会社の社員や親類達の見送りを済ませた。
ふと、自宅だった建物を振り返って見る。
霧雨の中に佇む屋敷は、ひっそりとして主の死を悼んでいるかのようだ。
莫大な負債を抱えて亡くなった両親だったから、親戚も璃音と兄を引き取りたがらない。
この広大な敷地や屋敷も、人手に渡る予定になっていた。
「どうしようかな…」
途方に暮れて、一人ごちる。
三歳年上の兄の瑠維は入院中だったが、両親が亡くなった事もあり退院せねばならないだろうし、色んな意味で追い詰められて、頭が追いつかない璃音は、庭のベンチに座り込む。
「瑠維の事、迎えに行かなきゃ…」
立たなければいけないのに、足にも手にも力が入らない。
そんな璃音に、ふわりと何かがかけられた。
「………?」
振り返ると、何度か会った事のある男性が立っていた。
「………氷室さん?」
父の会社の負債をモロに被ってしまった氷室重工の社長、氷室龍嗣だった。
「雨に打たれたままの君に誰も手を差し延べないなんて、どうかしているよ。
さあ、おいで?」
手を引かれて立ち上がると、グラリと視界が揺れた。
「…あ……っ」
「璃音くん!!」
氷室の声が遠くに聞こえ、目の前が暗くなっていった。
ほんの少し揺れた気がして、璃音は目を覚ました。
ぼやける視界には、見慣れぬ乗用車の天井と、何となく見覚えのある端正な顔立ちが見えた。
「…?」
「気がついたかい?
ご両親が亡くなってから、碌に休んでなかったようだね。
過労と軽い風邪だそうだから、うちでゆっくりするといい」
頭を撫でられて、ふと気づく。
自分を覗き込んでいる氷室の角度を考えると、自分の左耳の辺りは氷室の腹部になるはずだ。
「………?」
「璃音くん?」
頭の下は、上質のスーツで。
言うなれば、膝枕をされている…?
「………っ!!」
がつっ!!
目の前に火花が散った。
「ぬああっ!?」 氷室がシートに沈み込み、車は路肩に急停止した。
何も考えずに起き上がった璃音は、覗き込んでいた氷室の顎に頭突きを食らわせてしまったのだった。
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