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「そういえば、旦那様は璃音様に“甘くて美味しそう”と言われたんですね?」 「ああ」 「首筋を噛まれましたか?」 「なんでそれを…?」 「水上一族の子供の癖というか…。  旦那様は、あの家が元々血族結婚を繰り返した家だというのはご存知でしたか?」 「…晶から聞いた」 「ああ。璃音様の父上ですね?  …で、濃い血が招いた異能の話は?」 「あまり詳しくは聞いてないな…」 「水上家は繰り返された血族婚のせいで、様々な異能、異端の子供が生まれやすいんです。  その中に、ただ一人の人間にだけ執着する子供もいるんです」 「話が見えないな…」 「幼い時に、自分が気に入って首筋を噛んで味見した人間にだけ執着するんですよ」 「………は?」 「幼い時に自分で将来の恋人を選ぶんです。  それが自分と同性だろうが異性だろうが関係なく。  もっとも自分を狂わせるであろう相手を…。  水上社長も、そうだったんです。  あの方の場合、噛んだ相手に噛まれ返されたようですが。  いとこ同士で結婚されましたからね…」  親友の意外な裏を知り、頭が真っ白にならざるをえない。 「通常、恋人を選ぶのは10歳を過ぎてからです。  が、璃音様の場合は1歳になる前にいきなりなさったと、水上社長が苦笑いされてました」 「………」 「旦那様は、よほど美味しそうな香りを纏ってらしたんですねえ…。  それとも、まだ物心も付かない赤子だった璃音様が危機感をもつ程、旦那様がフェロモンだだ漏れだったかもしれませんね…」  うっそり笑い、腰掛ける。 「そういうお前はどうなんだ。  水上の一族の一人だろう?」 「10歳で選びましたよ?  可愛らしい赤ちゃんでしたが」 「………」 「誰かは内緒ですけど…」  璃音を彷彿とさせる、悪戯っぽい笑みをこぼす。 「璃音様は鬼夜叉と呼ばれた夫人に瓜二つの容貌ですから、怖くて誰も手を出せなかったんですよ」 「確かに似てるが、そんなに怖かったか?」 「一族の殆どがどつき回されましたよ。  怒らせたが最後、般若の形相で追い掛けられて完膚無きまでに沈められましたから、皆、トラウマです。 今回、引き取り手がなかったのもそのせいですよ?  ご存知無かったんですか?」  ………おそるべし、水上夫人。

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