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「そんな鬼夜叉と忠犬の間に生まれた可愛い璃音様に選ばれたんですから、旦那様がどこまで肩肘を張っていられるのか、本当に楽しみですねぇ…。  では、明日も早いですから、旦那様もお早くお休みくださいね?」  主なのに、居間から追いやられてしまった。  仕方なく自分の部屋に行き、ベッドの端に座る。  成り行き上とは言え、親友の葬儀の日に、その息子を抱いてしまった。 「食えと言われたから食った」だけなのだが、散々啼かせて貫いた。 「マズイ…マズイぞ」  何となく開けた缶ビールを飲むのも忘れ、ぼやけた頭のままうなだれる。  ふわり。  視界の端に、白いものが見えた。 「………?」  音もなく、氷室の傍らに立っていたのは、ゲストルームに寝かせてきた筈の璃音だった。 「………璃音?」  焦点の合わない目でユラリと立ち、氷室の袖を掴んでいる。 「どうした?眠れないのかい?」 「………」  無言で氷室の膝に乗り、背中に手をのばす。 「り…、璃音?」  向かい合わせで抱き着くようにして氷室にくっつくと…  くう…。  璃音は、あっさりと寝入ってしまった。  抱きついたまま、すやすやと気持ち良さそうに眠る璃音。  幼い顔が一層幼く見える気がする…。  とくん…とくん…とくん。  布ごしに、璃音の鼓動が響いてきて、親友を失った痛みを少しだけ癒してくれた。 「随分と懐かれてしまったな…」  猛獣にしがみつかれてる気がしてどうにも落ち着かないのだが、艶やかな黒髪や肌から立ち上る甘い香りが、手を離すのを躊躇わせる。  ボディーソープやシャンプーとも違う、花やフルーツを思わせる柔らかで甘い香りが、ささくれ立つ気持ちを包み込み、凝り固まった全身を癒してくれそうで…。  体から引きはがしてしまおうとも思えず、抱きかかえたままベッドに横になる。  とくん…とくん…とくん…。  穏やかな鼓動が腕の中の小さい体から伝わり、少しずつ氷室を眠りにいざなう。  とくん…とくん…とくん…。  小さな体が紡ぎ出すドラムの音と、甘やかな香り、心地好い温もりを抱きしめて。  氷室もまた、穏やかな眠りの中に落ちて行った。

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