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「璃音様?」
「………」
「あなたが、私と旦那様の両方に謝る必要はないんですよ?」
「………っ」
俯き加減になった璃音が、ふるふると左右に首を振る。
「貴方の事情を優先すると私は言いましたよ。
今は、旦那様を落とす事を優先してください」
「でも…っ」
「昨夜の情事を聞かされた私が、あれ位で動じる訳がないでしょう?」
ぽろぽろと涙が零れ、璃音が泣き出した。
「でも…、あんなふうにおかしくなった僕を見られるのは嫌だ…。
だって、龍嗣と弓削さんを、秤にかけるみたいにしてるんですよ?
僕は一番汚いやり方をしてるのに…」
「旦那様に振られた場合の保険とでも考えるとか…」
「保険をかけてする恋愛とかなんて、聞いた事ないです。
それに、龍嗣から弓削さんに簡単に乗り換えたりなんて、弓削さんを都合良く扱うようなのも、僕はイヤです。
僕を噛んだ他の人達だって、そんなふうに都合良く扱われたら、きっと悲しいと思います」
なんとも父親譲りの強情な子供だ…と、弓削は半ば呆れ混じりに思う。
「璃音様…。
それなら、私からも一言言わせて下さい」
「………」
「欲張りすぎ」
「………っ」
いきなりの直球な言葉に、璃音の思考が停止した。
「恋愛初心者のくせに、二つの事を同時進行出来る訳無いでしょう?
旦那様じゃあるまいし。
まあ、昨夜の乱れっぷりに切れて、貴方に八つ当たりじみたキスをしてしまったので、余計に混乱させてしまった気がしますが…」
「…八つ当たり?」
そう、八つ当たりもいい所だった。
璃音が欲しくなって、我慢が出来なくなり、胸に吸い付いてしまったのだから。
我ながら、大人げない事をして、璃音を泣かせてしまったと、焦っていたのだ。
まさか、本当に真正面で受け止めてしまっていたとは…。
だからこそ、線引きをしてやらなければ、璃音が壊れてしまうと気がついた。
「そうです。
もうね、今朝はあなたが欲しくなって切れました。
体中に散ったキスマークと、噛まれた傷を見たら、我慢が利かなくなったんです。
で、流石にやりすぎたなと反省してるんですよ。
だから、あまり気にしないで下さい」
「………無理です」
「………でしょうね…」
ガックリと肩を落とす弓削なのだった。
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