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「ご馳走様でした」
雑炊を食べ終え、薬を飲み、璃音は歯磨きの為にダイニングから出て行った。
本人は至って普通に振る舞っているつもりなのだが、一挙手一投足が艶めいていて、どうにも周りが落ち着かない。
「何なんだ?
白川先生とこの薬、なにか変なものでもあったのか?弓削」
「いえ…。
ネット検索致しましたが、ごく普通の風邪薬や気管支拡張剤でございました。
昨夜おやすみになるまでは、全く異常は無かったのですが…、今朝お目覚めになった時には、あのように艶めいてらっしゃいました」
何となく心当たりが無いでも無かったが、弓削は敢えて言葉にしなかった。
確証が無かったからだ。
『まさか、3、4日の間に出る筈が無いが…。
一応、万が一に備えておくか…』
今日一日の龍嗣のスケジュールを確認しながら、後日にずらせるものを可能な限りずらし、社長室のパソコンに転送する。
第二秘書の御崎(みさき)なら如才なくこなせるはずだ。
歯磨きを終えた璃音がダイニングに戻り、鞄を持とうとするのを龍嗣が止めた。
「病み上がりだから私が持とう」
「ありがとう、龍嗣」
ニッコリ笑って見上げる顔に、龍嗣が硬直する。
『な…、何なんだ!?
いきなりフェロモン駄々漏れのその顔は…っ』
内心冷や汗ダラダラ状態なのをひた隠し、大人の余裕(?)で受け流しながらガレージまでついて来てしまった。
「珍しいね、いつもは玄関までなのに」
クスクス笑う璃音を見て、送迎担当の運転手が固まる。
滅多に慌てたりしない冷静沈着な人物なのだが、璃音の変わりっぷりを見て動揺し、「旦那様、本日の送迎は自信がございません」と辞退を申し出る始末だった。
『ノンケの林でも駄目と言うことは、電車や路線バスは危険だな…』
一年前の時点で痴漢の被害に遭っていた事を考えると、この状態で公共の交通機関を利用すれば、明らかに痴漢以上の被害になる。
痴漢以上の貞操の危機になりかねないと龍嗣は結論づけた。
「今日は、私と弓削が送るから、少し待ちなさい。分かったね?」
慌てて自分の支度をしに母屋に走る龍嗣の背中を、不思議そうに見る璃音。
「な………、何だろ…?今日の皆、変だよ………?」
自分がフェロモンを振り撒いているのを、全く感知していない璃音なのだった。
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