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 弓削と猫が溜め息混じりの会話をし、璃音が龍嗣に啼かされていた頃…。  瑠維は夢を見ていた。  璃音が母の中に宿った頃の夢を…。  両親が、瑠維に「弟か妹がうまれるよ」と嬉しそうに言った時、瑠維は「じゃまだ」と思った…。  母のお腹に宿った命が両親の愛を総て掠め取っていく様な気がして、生まれて欲しくないと感じたから。  それが変わったのは、母のお腹が膨らみ、時折ポコポコと動くようになった頃…。  母の肌の香りに混じって、甘い甘い香りがフワリとしたのだ。  その香りに誘われて母のお腹に頬をくっつけたら、胎内から蹴った感触がする…。  ぽこんっ。  まるで瑠維に挨拶をしているようだった。 「あかちゃん、おはよっ!!」  ぽこん。  瑠維の言葉に反応するように、胎内の赤ん坊は再び瑠維が触れている場所を蹴った。  頬を少しずらしても、ちゃんと移動した場所を蹴ったので、瑠維は不思議な気持ちを覚えた。 「璃音はお前の事が判るのかもしれないな。」 「りおん?」 「赤ちゃんの名前だ。  男の子か女の子かは判らないが、名前だけは決めておいたからな。  無事に生まれて来れるように、瑠維も毎日声を掛けてくれ。」  お腹をさすりながら、母が微笑む。 「りおん?」  ぽこんっ。 「り・お・ん?」  ぽこんっ。 「おにいちゃんだよぉ?」  ぽこん、ぽこぽこっ。  応えるような胎動は、幼い瑠維の心の琴線を大きく掻き鳴らした。 『かわいい』という気持ちとは別の、何か秘密めいた想いが湧いていて、でもそれが何なのか幼い瑠維には判らない。 「り・お・ん…?」  ぽこんっ。  今度は手を置いた場所を蹴られた。 「わっ、おててけったよ?」 「お兄ちゃんに遊んで欲しいのかも知れないぞ?」  クスクス笑う母は、瑠維の頭を撫でる。 「りおん、にいちゃんとあそぶ?」  ぽこんっ、ぽこんっ、ぽこぽこっ。 「本当に遊んで欲しいと言ってるみたいだな…。」  上機嫌の母と、自分に語りかけるように蹴る胎児に、瑠維は幸せな気分になっていた…。  不思議な甘い香りは少しずつ強くなり、日によっては瑠維の心を落ち着かせたり、また別の日には激しく心を掻き乱すように香った。

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