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「………あれ?」
突然視界が闇に包まれて、瑠維は手にしていた文庫本を取り落とした。
手探りで携帯電話を手に取り、仄かな明かりを頼りに廊下へ出る。
「瑠維様…?」
階段を上がって来たのは弓削だった。
「停電…?」
「ええ。ここら一帯のようですね。
こちら、お使いになりますか?」
小振りな懐中電灯を取り出し、瑠維に差し出す。
「サンキュ」
弓削が足元に置いたバスケットには、LEDの非常ランタンが幾つも入っていた。
「一階の要所要所にも置いて参りましたので、ご入り用の物がございましたら、大丈夫ですよ」
廊下に点々とランタンを置き、明かりの具合を確かめている。
「非常電源とかあんじゃねえの…?」
何気なく言ったのだが、弓削が苦笑いで返した。
「ええ。璃音様が開発なさった自家発電はバッチリでございます。
環境にも配慮した非常電源で。
ただ、周囲が真っ暗なのに、この屋敷だけ煌々と明かりをつけていたら、それこそ悪目立ちいたしますので、防犯設備と暖房だけを使用しております」
「そんなに気を遣わなくても…」
「いえいえ。ご近所付き合いは重要でございますよ?
何が原因で拗れるか解りませんから。
余計なトラブルを背負い込んで、氷室の本家や、水上のジジイども…いえ、長老衆から、無用の詮索をされたら適いません」
意外な弓削の本音を聞き、瑠維は目をパチクリさせた。
暗くて静かな屋敷の中、弓削と二人で廊下に立っているのだが、不思議な気持ちになる。
「………?」
いつものカチコチした弓削じゃない感じがして、何が違うんだと思いながら見ていて、漸く気づいた。
『ああ、スーツじゃないんだ…。
眼鏡も外してるから、硬い感じが少ししない…』
ラフなワイシャツとジーンズの弓削は、一通りランタンを置き終えるとダイニングに向かった。
「………?
オッサンの様子、見ねえのかよ?」
「多分、ご自分の部屋か、書斎だろうと思いますので、特には…。
どちらかと言えば、璃音様のお姿が見えませんので、そちらが気掛かりかと…」
弓削の言葉に、一瞬頬が引き攣る。
書斎というキーワードは、瑠維にとって鬼門だ。
何せ、最愛の弟と龍嗣の濃密な行為を目撃してしまった場所なので…。
今だに、書斎に足を向ける気にならない位だ。
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