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「弔問客に見せられない程の遺体を確認させられるなど、どれだけ精神的なダメージを与えたのかと思います…。
他の親族も見てはいないのですから」
「………っ」
「その事を旦那様にすら、今だに一言も漏らしていないということが、どんな状態であったか推察出来るのではないですか?
あの幼い容姿と言動の器に、どれだけの深い哀しみと情を隠していらっしゃるか。
本当に幼いだけなのだろうかと、私は思うのですよ…」
掠れた声は、尚も寝室から響いて来る。
日常に紛れて普段は忘れそうになる記憶を突き付けられて、瑠維は呼吸がつまったようになった。
入院していた自分は、あの時無菌室の中にいて、何一つ出来なかった。
総ては、璃音が一人でしなければいけなかったのだ。
穏やかな日常に失念してしまっていたけれど…。
「旦那様との事を、総て許せとは言いません。
ただ、体も心も…魂までも旦那様に深く愛されている間は、璃音様にとってこの上ない幸せなのですよ…。
会社の事、研究の事、そして、ご両親の死も一人で背負う事から解放され、水上璃音という一個の存在だけを、狂おしいまでに貪るように愛されて満たされる…。
幼くとも…、いえ、幼いからこそ、それ位は許されて良いと思いませんか………?」
「………」
「まぁ、首筋を噛んで求愛した身としては、複雑極まりない事でしょうがね…。」
軽い溜息と複雑な微笑を浮かべ、弓削はゆっくりと寝室へ歩いていく。
が、ふと思い出したように足を止める。
「ああ、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「………俺に?」
「ええ」
「何だよ…?」
「バスルームで怒られた件です。
どちらに怒りを持たれましたか?」
「は?」
「甘噛みして求愛した相手なのに、他の男の愛を受け入れた璃音様ですか?
それとも、愛おしい璃音様の深い情愛を手に入れ、唯一体を繋いだ氷室龍嗣に対してですか?」
「どっち…て………」
「一族の誰よりも濃い血を持ちながら、対称的なご兄弟なのでね…。
いずれ聞いておかねばと思ったのです。
一族の血の因習に捕われて弟を深く愛した貴方と、因習に縛られることなく旦那様を愛した璃音様…。
それがどういう結果をもたらすのかは、皆目見当がつきませんが、一度お心の整理をなさるのも良いのではないでしょうか…」
弓削は静かに戻って行った。
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