192 / 454

「弔問客に見せられない程の遺体を確認させられるなど、どれだけ精神的なダメージを与えたのかと思います…。  他の親族も見てはいないのですから」 「………っ」 「その事を旦那様にすら、今だに一言も漏らしていないということが、どんな状態であったか推察出来るのではないですか?  あの幼い容姿と言動の器に、どれだけの深い哀しみと情を隠していらっしゃるか。  本当に幼いだけなのだろうかと、私は思うのですよ…」  掠れた声は、尚も寝室から響いて来る。  日常に紛れて普段は忘れそうになる記憶を突き付けられて、瑠維は呼吸がつまったようになった。  入院していた自分は、あの時無菌室の中にいて、何一つ出来なかった。  総ては、璃音が一人でしなければいけなかったのだ。  穏やかな日常に失念してしまっていたけれど…。 「旦那様との事を、総て許せとは言いません。  ただ、体も心も…魂までも旦那様に深く愛されている間は、璃音様にとってこの上ない幸せなのですよ…。  会社の事、研究の事、そして、ご両親の死も一人で背負う事から解放され、水上璃音という一個の存在だけを、狂おしいまでに貪るように愛されて満たされる…。  幼くとも…、いえ、幼いからこそ、それ位は許されて良いと思いませんか………?」 「………」 「まぁ、首筋を噛んで求愛した身としては、複雑極まりない事でしょうがね…。」  軽い溜息と複雑な微笑を浮かべ、弓削はゆっくりと寝室へ歩いていく。  が、ふと思い出したように足を止める。 「ああ、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」 「………俺に?」 「ええ」 「何だよ…?」 「バスルームで怒られた件です。  どちらに怒りを持たれましたか?」 「は?」 「甘噛みして求愛した相手なのに、他の男の愛を受け入れた璃音様ですか?  それとも、愛おしい璃音様の深い情愛を手に入れ、唯一体を繋いだ氷室龍嗣に対してですか?」 「どっち…て………」 「一族の誰よりも濃い血を持ちながら、対称的なご兄弟なのでね…。  いずれ聞いておかねばと思ったのです。  一族の血の因習に捕われて弟を深く愛した貴方と、因習に縛られることなく旦那様を愛した璃音様…。  それがどういう結果をもたらすのかは、皆目見当がつきませんが、一度お心の整理をなさるのも良いのではないでしょうか…」  弓削は静かに戻って行った。

ともだちにシェアしよう!