214 / 454

「それに、あなたを愛した事を、私は後悔などしていません。  玲達もそうです。  物心つかないあなたを噛んだ事を、何一つ悔いてなどいませんよ?  あなたにとって、それが愚かな行為に見えたとしても…」 「僕には、弓削さん達の愛に応えれるだけの価値も、対価も、なにひとつない…。  何も持ってない!!」 「何も持っていないと思っているのは、あなただけです。  そして、あなたを噛んだ瞬間の、体を駆け抜けた悦び…。  全身が沸騰するような衝動…。  甘くて誘うようなあなたの香りが、甘噛みした事で、もっと淫らに甘く香ったことも…。  頭の中が溶けてしまいそうなほどの愛おしさを抱いたことを、私は生涯忘れない。  あれが…、あの至福の…至上の瞬間が無駄だったとは、私達は決して思いません」 「………っ」 「鬼夜叉が遺した…。  私が…一度は…狂おしい程に愛して焦がれた荊櫻の愛し子を…。  捨て置くなど出来る筈がないでしょう!?」 「………っ!?」  今、弓削は何と言った!?  荊櫻…母を…。  母を愛していた? 弓削が…!? 「荊櫻の代替え品としてではなく、魂を揺さぶるほどの愛情を注ぎたいと願った事を、私は後悔したりはしない」  いつもは穏やかな弓削がぶつけた、真摯で激しい言葉は、璃音の心を焼き尽くさんばかりで…。  龍嗣が自分に向ける愛情と同じように、深く深く、ただ一人…璃音へと総ての愛を注ぎ込むようだった。 「愛情を注ぐ事に、理由など必要はないんです。  好きになった。  恋焦がれた。  だから、首筋を噛んで求愛したんです。  最初からの両想いなどありはしません。  あなただって、最初はご自分の事を好みではなかった旦那様に愛を囁いた。  最終的には、その健気さで振り向かせたでしょう?  片思いから始まる恋愛もあれば、いきなり体の関係から始まる恋愛もある。  こうでなくてはならないという定義はないんです。  たまたま恋愛感情を抱いた相手が鬼夜叉の子供だった。  たまたま愛してしまった相手が、他の人間に惹かれていた。  ただそれだけのこと…」  弓削が、何一つ責めないからこそ、璃音は苦しい。  自分に向けられる分の愛情を返せない自分が悲しくて、璃音はいたたまれない。  それを理解しているからこそ、弓削はきつくきつく璃音を抱きしめ続けた。

ともだちにシェアしよう!