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「だって、先生がおでこ押さえてるの見えたから…。」
「見えた…?」
「そ。あっちの…屋台村のとこ…」
ニコッと笑い、指で差した先は…優に500メートルは離れた屋台村だった。
「龍嗣が林檎飴買うって言うから、フェンスのとこで待ってたの。
そしたら、先生がおでこ押さえてるの見えて…」
「よく、あの距離を見分けたね…」
目をすがめて見て、白川は感嘆の声を漏らした。
「先生は歩き方に癖があるから、見分けやすいもの。
すっごく早足で、でも、足に負担を掛けない歩き方だから直ぐに分かったよ?
でね、あのフェンスの上を歩いてたら、先生が見えて…。
で、おでこ押さえたのが見えたから走って来ちゃった」
「何処をどうやってなのかしら…?
エロ魔神が血相変えてるからトコを見ると、少し無茶なコースだったんじゃないの?」
白川医師の肩の上で、猫が目をすがめている。
「…あはは…」
流石に旗色が悪い璃音は、口を閉じる。
「向こうから、林の中を突っ切る形で、幅が3センチのフェンスの上を絶妙なバランスで滑っていったんだ。
途中からは、木の枝の上をピョンピョンと。
黒猫というよりは、猿のようだったな…」
璃音は、間に林等を挟んでいるものの、ほぼ直線的な距離で来たが、龍嗣は、流石にそこまでできなくて、中等部の屋台村から大学部まで歩道沿いに走って来た。
「なんて無茶をする子なんだ…。
うちの娘も結構無茶をやらかすが、君も負けず劣らずだ。
これじゃ心臓が幾つあっても足りないじゃないか」
「ごめんなさい…」
しおしおと俯く璃音の頭を撫でる白川医師。
「しかし、器用なものだな…。
あんな急な角度の細いパイプの上を滑るなんて…。
いや、本当に、無茶過ぎて言葉も出ないな」
「だって…」
「勢い余って木に激突でもしたらどうする?
怪我だけじゃ済まないだろうに…」
更にしおしおとうなだれる璃音。
その後ろに、影が重なった。
「………?」
黒猫メイドの後ろに、似たような背丈の少女が立っている。
「お父さん、どうしたんですか?」
子供特有の高い声質で。
だが、子供らしからぬ落ち着きを孕んだ声だった。
「あぁ、千尋か…」
白川の表情が、少し緩んだ。
「ああ、ここだったか…」
スーツ姿の男性が、少し息を切らせて走ってきた。
璃音達が来た方向の、丁度反対側からだ。
「鷹也くんじゃないか。
どうしたんだい?息を切らせて…」
「どうしたもこうしたもありませんよ。
千尋ときたら、いきなりフェンスに飛び乗って滑り降りてって、途中から枝伝いにピョンピョンと…。
まるで猿のようでしたよ」
「千尋、君もか…」
白川医師は、更にズキズキする額を押さえ、渋面を作った。
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