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『確かに、初めて体を繋いだ時、私も璃音の瞳を覗き込んでクラリと来たからな…』  初めて氷室邸に通されたあの日…龍嗣が口を滑らせて『体で返すか?』と言ってしまった後の事を思い返す。 「あの…。  僕みたいな子供は嫌だと思うんですけど、さっきの話、考えて頂けませんか?」 「駄目だ。  君は体も小さい。  そういう行為を受け入れる事は無理だろ?  それに、私にも好みというものがあるぞ?  どちらかと言うと、君のお兄さんの方がタイプなんだ」 「あ…、そうですよね…?  選ぶ権利もありますよね…。  すみません」  しゅんとなった璃音の目が、一瞬潤んだ。  あの瞳が…、まさしく小動物っけ全開の顔だったのだ。 「いや、私が最初に変な事を口走ったからいけないんだ。  忘れてく…」  チュ………。  屈んでいた龍嗣の頬を両手で挟む様に捕まえ、恭しく捧げるように、そうっと璃音の唇が龍嗣の唇を重ねられ、固まったままになった…。  あの時も、伏せられた睫毛は長く、棄てられた子犬のようだったのだ。  重ねられた唇は甘く、あまりの心地よさに、龍嗣は璃音の唇を貪る様に深く唇を重ね返した。  角度を変えて何度も啄むと、うっすら開いた口の中に舌を差し入れ、小さくて甘い璃音の舌に絡めた。  あの時から、龍嗣と璃音の濃密なつながりは始まったのだが…。  正直、あの魅了眼の虜となり、璃音と生涯の伴侶にまでなれたのも、沢山の偶然や幸運が積み重なったものなんだと、今更ながらに思う。  油断して本音を引き出された弓削に関しては、何だか気の毒なのだが…。  あえてスルーしておこうかと、龍嗣は見ない振りに徹した。 「申し訳ありません、璃音様…。  弓削は…、弓削は…っ!!」 「ううん。  弓削さんは悪くないから、気にしないで…。  ね………?」  計算づくの魅了眼なら、璃音はかなりの腹黒い子供という事になるが、まったく意識もせずにしていることなので、小悪魔なのだ。  これで璃音が少女であれば、「男に媚びる嫌な女」というふうになるだろうが、幼い外見の少年なせいか、嫌みが感じられない。 『幸運だったのか、はたまた不運だったのかは、さすがに私にも判断はつかんな…』  苦笑いしながら、龍嗣はソファの上で天井を見た。

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