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 さりげなく衿元を覗いたが、紅い花びら模様もないし、不審な傷もない。  何より、あの快楽に蕩けるような濡れた瞳と全く違う。 『やっぱり、あれは夢だったんだ。  あんな事してて、璃音が階段を駆け上がったり、落ちかけて宙返りなんか出来る筈ないんだから…』 「ん? なあに…?」  首を傾げて見せる璃音は、いつもと同じ無邪気な子供だからと、瑠維は無理矢理納得する事にした。  いつもの階段を上がり。  璃音に手を引かれて入ったリビングには、総一やまりあ、小鳥遊、弓削、龍嗣がいた。 「お? 瑠維、おかえり。  瑠維も少し伸び気味だな~。  ちょっと毛先を揃えてあげるよ」  総一とまりあが準備を始め、リビングは俄か美容室と化す。 「じゃ、少しくせっ毛の瑠維は俺、ストレートな璃音はまりあが切るからな?」  シャキシャキという音と共に、璃音と瑠維の髪が床に落ちていく。  艶のある黒髪の量が減り、向かいに座った璃音が少し幼くなってきた。  幼さの中に、少しだけ覗く艶っぽさがあったが、瑠維は水上の家で見た璃音は、きっと気のせいなんだと思う。  途中、鏡を渡された璃音は、 「あれ?  僕、こんなだったっけ…?」  と、複雑な顔だ。 『いーんだよ、お前は幼い位でさ…』  複雑な思いで璃音を見る瑠維なのだった。  軽くなった頭を撫で、出来上がりを見ていると、瑠維の頭を龍嗣がポンポンと叩いた。 「………?」 「瑠維は、晶に良く似てきたな…。  少しだけくせっ毛なのも、茶色の瞳も、本当に良く似てる」 「………そうか?  俺はそんなに似てないような気がするけど…」  変な意味ではなく、何となく懐かしむような眼差しは、貪るように璃音を抱いていた時の物と違っていて、瑠維は少し安心する。 「そうだね~…。  瑠維、背も伸びたし、顔が少し変わったかも。  お父さんが大学生だった頃に似てるような感じかもね」  龍嗣の腕にぶら下がるように腕を絡め、璃音はニッコリと笑う。 「そういうお前だって、母さんに激似だし」  滑らかな額に軽くデコピンをしてやると、璃音が首を傾げた。 「そんなに似てる…?」 「「似てる似てる」」  その場にいた全員に肯定されて、まじまじと鏡を覗き込む璃音は、仕草の一つ一つが可愛く見えた。

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