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結局、璃音を抱っこしたまま龍嗣はガレージまで来てしまった。
龍嗣の腕の中にいるのが心地好く、璃音も龍嗣の頬に自分の頬をくっつけたり、猫のように咽を鳴らして擦り寄ったりしている。
いつもなら、こんなあからさまにくっついたりしないのに、今日に限って離れようとしない璃音を、龍嗣も当然のように腕の中に収めたままだ。
「………」
一向に離れたがらない璃音に、弓削は軽くため息をつく。
「璃音様?
日付が変わるような時間には決してなりませんから、剥がれて下さいませんか?」
「………やだ」
「昨日からのハードスケジュールでお疲れでしょう?
少しはお休みにならないと…。
一体どうなさったんです?
いつもはこんな駄々をこねたりなさらないのに」
訝しむ弓削に、璃音も眉間にシワを寄せ、困った顔をする。
「だって…、何だか解らないけど、龍嗣から離れたくないんだもの…。
ねぇ、絶対邪魔しないから、ついて行っちゃダメ?」
「明日の法事を欠席なさるのなら構いませんよ」
きっぱりと言い切る弓削に、璃音は悄然となった。
龍嗣に張り付いていたい。
しかし、両親の一周忌にも出ないと…。
暫し思案し、漸く璃音は龍嗣の背中に回していた腕を解いた。
「私も離れたくないんだが、聞き分けてしまったか…」
「旦那様がそうやってベタベタなさるから、どんどん璃音様が子供っぽい事になるんですよ」
「なぁに、10歳位にしか見えないんだから、多少甘えたって許されるさ。
璃音、目処がつき次第逃げてくるから、留守番を頼んだよ?」
「…は―い……」
不承不承の返事をし、璃音は少し俯く。
額同士を擦り合わせ、もう一度唇を契ってから璃音を降ろした。
「じゃ、行ってくるよ」
「行ってらっしゃい…」
ガレージから車が出て行き、ゆっくりと門から左に折れていく。
とうに車は見えない筈なのに、璃音はその場から動く気になれなかった。
離れたくなかったから…。
総ては、最悪の方向へ転がる。
後に、弓削は深く後悔するのだ。
何故、後ろ髪を引かれるようにした璃音を、この日に限って置いて出てしまったのか。
離れ難くする二人が、何かを感じ取っていたのかもしれないのに…と。
幼い笑顔が喪われるなどと、露ほどにも思わなかったから…。
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