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ばいばい
「………っ!!」
足がビクリと強張り、龍嗣は目覚めた。
深い呼吸で、大人しく腕の中に収まる華奢な体。
いつも通り、こめかみに鼻先を擦りつけようとした瞬間、両頬に貼られた湿布が目に入る。
「………っ」
頭のすみに追いやられていた思い出したくもない現実が、スルリと降りてきた。
「璃音…?」
額に張り付いた髪を梳いても、反応は返って来ない。
毎朝、張り付いた髪を梳くと、擽ったがって身をよじったのに。
花びらのような唇を軽く啄んでも、啄み返してくれない。
舌を差し入れても、絡めてくれない。
どんなに声をかけても、はにかんだ笑顔で応えてくれない。
昨日、ギュウギュウと抱きしめ合い、飽きる事なく何度も口づけたのが嘘のような沈黙。
「璃音…、そろそろ起きようか?
もう朝だよ。
お腹が空いただろう………?」
軽く揺すると、うっすら瞼が開いた。
「璃音?」
「……………」
瞳は、焦点を結んでいない。
ただの息をするだけの人形だ。
昨夜、弓削の弟の亮(とおる)から聞いた話では、自我が崩壊している可能性がある…という。
精神的なショックで思考を閉じているなら良いが、崩壊している状態であれば………回復は難しいであろう、と。
水上一族でサイコダイブ出来る者がいるが、何処まで回復に結び付ける事が出来るかは解らない。
完全に崩壊した精神にダイブして回復させる事が出来たのは、璃音の母…荊櫻のみ。
その荊櫻は、昨年亡くなっているのだから、事実上、璃音を治せる人間はいないという事になる…。
「今すぐじゃなくていい…
傷が癒えたら戻っておいで…」
そっと額に口づけて、龍嗣は薄い背中を摩り続けた。
その頃、瑠維は。
血と白蜜に塗れた体をシャワーで流していた。
体中がギシギシ軋み、あちこちが痛い。
何よりも、心が痛い。
自分がしてしまった事が、どれだけダメージを璃音に与えてしまったのか…。
それを思えば思うほど、焦燥が募る。
取り返しのつかない事態にしてしまった自分。
それを、璃音に謝りたい。
謝ったとしても、璃音の心には届かないだろうけれど…
謝って謝って、ひたすら謝りたかった。
龍嗣も、亡くなった両親も、決して許してはくれないだろう。
それでも、謝りたい…そう思った。
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