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「さぁ…、寝てばかりでは筋肉が萎えてしまう。
体を起こすから、腕や足を動かそうな…?」
龍嗣が優しく手を引くと、華奢な体がゆっくり起き上がった。
「………」
瞳の焦点が定まらない璃音は、少し上体がグラグラする。
その体を膝に乗せ、自分に凭れ掛けさせた後、龍嗣は璃音の手を捉えた。
「ゆっくり動かすよ…?」
時間をかけて、龍嗣は璃音の腕や足等を動かしていく。
璃音が人形のようになってしまって数日、定期的に行っているストレッチだ。
寝たきりのままでは全身の筋肉が萎えてしまうし、成長も止まってしまう。
いつか璃音の意識が戻ってきてくれると信じて、龍嗣は続けている。
水上の術者が何人も試して匙を投げても、龍嗣は諦めるつもりは無かったから…。
「夏には、お揃いの狩衣を着て結婚式だ。
誰よりも綺麗な花嫁になって、私を喜ばせてくれると言ったろ…?
だから、私は諦めないからな?」
ギュウッと抱きしめると、甘い香りが鼻を擽り、肌の温かさも伝わって来る。
自我が壊れているとしても、規格外で生まれてきた璃音の事だ。
諦めずに語りかけ続け、待ち続けてみせる…。
白川医師の診断後、龍嗣はそう決めたのだ。
「………ん?」
何となくサイドテーブルに置いた璃音の携帯電話が目に入った。
待ち受け画面は、社長室のデスクに腰掛けて璃音を膝に乗せた龍嗣。
弓削が「行儀が悪い」と怒りながらファインダーを向けたので、龍嗣も璃音も可笑しくて笑った写真…。
データボックスをクリックすると、満面の笑みの龍嗣や璃音、しかめっつらの弓削、腰に手を当てて仁王立ちする猫など、写真が沢山あって、龍嗣を写したものは、しっかり[保護データ]のマークがある。
「璃音らしいな…」
面映ゆい想いのまま、古いデータへと進めて行く。
日付が昨年の冬を越え、秋へと移り…龍嗣が最も恐ろしいと思う人物、荊櫻が映し出された。
「うぉ…っと…」
写真だと解っているが、やはり心臓に悪い。
だが、晶に抱きしめられ、照れているようで、少し困った顔をしているのが微笑ましかった。
「晶、蕩けそうな顔だな…」
璃音の幸せだった時間の記録。
動画の方も、龍嗣や弓削とふざけて撮ったものや、アミューズメント施設で撮ったものが沢山あり、知らない内に龍嗣の目から涙が零れ落ちていた。
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