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「すみません。
自分では、そんなに疲れていないと思っていたものですから…」
苦笑いする龍嗣に、白川はもう一本注射をする。
「そりゃあ、婚約者の一大事に熟睡出来る人間なんかいないさ。
………あまり褒められたものではないが、気持ちも解らなくはないよ。
何をしてても手につかないし、気持ちも落ち着かなくて焦れ焦れするものさ。
千尋が死にかけた時も、鷹也くんが付きっ切りだったしな。
それこそ、寝ずの番のように張り付いてね。
彼も段々憔悴して、一度か二度倒れたからな」
「………」
「即死でもおかしくない怪我だったんだ。
目の前で負った怪我だから、余計に思い詰めて…見ていられない位の様子だったよ。
そのせいかな、璃音くんに張り付く氷室さんを放っておけないんだな…」
「それだけの怪我を…?」
「不可抗力だったの。
発作を起こしてよろけた所で、咽をスッパリ切られてしまったから」
千尋が喉元を覆っているタートルネックをずらすと、横一文字の傷痕が見えた。
「母親に斬られたせいでね、千尋もPTSDからくるパニック発作で長いこと苦しんだ。
それこそ、昼夜の関係なく泣き叫んだ事もあったよ。
その時に、ずっと付き添ったのが鷹也くんなんだ」
「………そうだったんですか…」
「色々裏で手を回してね、家の子になってもらった。
今だにパニック発作を起こす事があるから、璃音くんも先々の事を考えておかないとな。」
注射器を片付け、鞄の蓋を閉める。
「ま、どうせ、寝ろと言っても眠れやしないだろう?
ずっと張り付いて体を摩ってやるのも大事だけれど、休まないとどうにもならないからな…。
だから、今日は寝かしつけの為に千尋を連れてきた。
…千尋、頼む」
「は………?」
訝しむ龍嗣の横に千尋が進んできて、小さな手で龍嗣の視界を塞ぐ。
「悪く思わないでね。
私は、荊櫻のように上手じゃないから…」
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