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数時間後………。
夜の空港に水上夫妻が降り立った。
それぞれが肩からスリングを下げて赤ん坊を抱いている。
久々に見る荊櫻は普通に歩いている筈なのだが、足音に重量感があるような錯覚を覚える。
『華奢で、それなりに美人の部類に入るのに、本性が猛獣じみているからターミネーターみたいだ…。
………おっと、悟られたらどつかれるな』
慌てて頭を秘書モードに切り替える。
「待たせたな」
「いえ。 まったく。
早速ですが、車へ移動させて下さい」
二人から手持ちの荷物を受け取り、弓削は車へと急いだ。
「で…、璃音の様子は変わりないのか?」
シートに座り、早速荊櫻は璃音の様子を弓削に尋ねた。
「体調の方は安定してます。
自我は、すべてのダイバーが"崩壊"と判断を下しました。
ただ、伴侶の言葉に従って起き上がったりしていますので、完全に崩壊しているかどうかは、解りかねます」
ハンドルを捌きながら、弓削はかい摘まんで説明をする。
「ふ……ん、微妙な所か。
まずは潜って見ないとわからんな。
案外、枕元にイチゴでも置いとけば起きるんじゃないか?」
「荊櫻…、あの子はそこまで食い意地張ってないだろ?
どちらかと言うと、もふもふの小動物を囮にすればいいんじゃないか?」
「そりゃ、鈴懸の下の子供だろ…。
苺だ苺。
あの馬鹿高いのを鼻先に置けば、絶対に起きる筈だって」
我が子の一大事だと言うのに、微妙にふざけた会話をする夫婦。
本当に璃音を心配しているのかと、弓削は頭痛を覚えながら運転を続ける。
途中、小鳥遊にメールをし、瑠維には内密にする事と、決して別邸から出さない事を念押しするのを忘れなかった。
その肝心の璃音は、龍嗣の腕に包まれて、すよすよと眠っている。
深く。
とても深く。
意識の底の底、ダイバーの誰も辿りつけない最下層で、バラバラになった心のまま、一つ一つが泥のように眠っている。
時折、甘い香りと優しい声がふんわりと包んでくれて、嬉しくもあり、酷く切なく感じたりもした。
それぞれが砂漠の中の小さな砂の一粒のように小さくなり、闇に溶けて眠り続ける。
そうすれば、ゆるゆると体が朽ちて、無の存在になれる…。
誰よりも大事な人を想ったままで、自分は消えていきたいと願いながら眠っていた。
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