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穏やかな時間は、あっと言う間に過ぎてしまった…。
「璃音、すまない…。
帰る時間になってしまった…」
「………うん…」
名残惜しくて、ぎゅうぎゅう抱きしめあう。
何度も、何度も唇を啄みあう。
「覚えていなくてもいい。
嫌なことは、統て忘れて構わない。
君が戻ってきてくれるなら、それで構わないんだ。
…判ったね?」
「…はい……」
チュ…。
もう一度唇を契って、ぎゅうぎゅうと抱きしめ…。
「愛してるよ。
それは絶対変わらない。
永久に璃音を愛し続けるからな?
必ず、戻っておいで…待っているから」
「うん………。
僕も龍嗣を愛してる。
絶対…、絶対に変わらない。
永久に龍嗣を愛してる。
愛しつづけてく…。
待っていて…、必ず龍嗣の傍に還るからね…?」
ありったけの愛情を吹き込むように、深く深く唇を契る。
「後ろ髪をひかれるようで、離れがたいよ…。
帰りたくないが…、翡翠と雲母に負担がかかるから、行かなきゃならないな…。
すまない…」
「大丈夫…。
ここで、また眠ってる。
龍嗣の気配が傍にあるのが判ってるから、一人でも大丈夫…」
そうっと体を離し、璃音は一歩下がった。
「待っていて…。
もう、自分を殺そうなんて思わないから、安心して…」
「ああ…、待ってる…。
夏には、結婚式だからな…」
「ん………。
翡翠、雲母…、聞いてる?」
『なぁに?』
『なぁに?』
鈴を転がすような声がした。
「龍嗣を…、僕の大事な伴侶を、無事に連れて帰って…。
お願い…」
『まかせて。
ちゃんとつれてくね』
『りぃたんの、だいじなひとだもの』
小さな手が、頬に触れたような気がして何となくくすぐったい。
「ありがとう…」
『りぃたん、こんどは、ひぃたんのこと、だっこしてね?』
「うん…」
『きぃたんのことも、だっこね?
やくそくぅ…』
「うん…」
鈴を転がすような声が響き、龍嗣の姿が少しずつぼやけていく。
フワリ………。
ぼやけた姿が青く染まり、風が吹き抜けた瞬間、瑠璃色の花びらとなって舞い上がった。
「待ってる…」
「待っていてね…」
璃音の意識の世界には、もう水琴窟の音はしなくなっていた。
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