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「瑠維…」
ズクリ。
胸が疼いた。
だが、それだけだった。
会ってしまったら、きっと正気ではいられない。
憎い。
二度と会いたくない。
怖い。
怖くてたまらない…。
逃げたい。
龍嗣の腕の中に逃げ込んでしまいたい。
…そう思っていたのに、今はなんともない…。
少し胸がキリキリと痛むだけだ。
『…克服、できたかな…?』
龍嗣と晶に笑って見せてから深く息をつき、ゆっくり体の向きをかえる。
少し足元がフワフワするけれど、大丈夫だと確信して、璃音は弓削と瑠維の元へ歩いて行った。
「璃音………っ」
弓削に支えられながら立つ瑠維。
あの事件の頃は、見上げなければいけなかった顔。
今は、幾分璃音の方が目線が高くなってしまった。
「久しぶり、瑠維。 弓削さんも」
声も全然震えてないのに、瑠維の方はビクビクして泣くだけだ。
弓削に促されてようやく顔を上げたものの、しゃくり上げるだけで言葉が出てこない。
「瑠維、泣いてるだけじゃ、話にならないだろう? 言わなきゃいけない事が沢山あるって言ったのは、お前だろ?」
「…うん…、…うん…っ」
弓削の言葉に頷くものの、瑠維の口から出るのは嗚咽ばかりだ。
「瑠維」
声変わりが始まった時よりも低くなってしまった声に、瑠維がビクリと震える。
「瑠維。
ちゃんとしなきゃいけないだろう?」
弓削に促され、息をつく。
「瑠維」
「…………っ」
璃音が伸ばした手に、瑠維が首を竦める。
殴られると思ったのだろう。
目をつむり、璃音の拳が当たるのを待つ体勢になった。
弓削もそう思ったのか、身構えている。
後ろを見れば、龍嗣と晶も固唾を呑んで璃音を見つめている。
「瑠維。 弓削さん」
「「…………」」
勢いよく両手を伸ばすと、その場の雰囲気が張り詰めた。
ぐにっ!!
「「……へ…っ!?」」
璃音以外の全員が呆気に取られた。
左手は弓削の頬。
右手は瑠維の頬を摘んでいるのだから。
「い、いおん(璃音)?」
「いおんはま(璃音さま)??」
「もう、謝るの無し」
クスクス笑いながら、右手だけ少し多めに力を篭める。
「ひででででっ!!」
「お仕置き、お終いっ」
微笑む璃音の顔には、もう陰は無くなっていた。
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