430 / 454

「瑠維…」  ズクリ。  胸が疼いた。  だが、それだけだった。  会ってしまったら、きっと正気ではいられない。  憎い。  二度と会いたくない。  怖い。  怖くてたまらない…。  逃げたい。  龍嗣の腕の中に逃げ込んでしまいたい。  …そう思っていたのに、今はなんともない…。  少し胸がキリキリと痛むだけだ。 『…克服、できたかな…?』  龍嗣と晶に笑って見せてから深く息をつき、ゆっくり体の向きをかえる。  少し足元がフワフワするけれど、大丈夫だと確信して、璃音は弓削と瑠維の元へ歩いて行った。 「璃音………っ」  弓削に支えられながら立つ瑠維。  あの事件の頃は、見上げなければいけなかった顔。  今は、幾分璃音の方が目線が高くなってしまった。 「久しぶり、瑠維。 弓削さんも」  声も全然震えてないのに、瑠維の方はビクビクして泣くだけだ。  弓削に促されてようやく顔を上げたものの、しゃくり上げるだけで言葉が出てこない。 「瑠維、泣いてるだけじゃ、話にならないだろう? 言わなきゃいけない事が沢山あるって言ったのは、お前だろ?」 「…うん…、…うん…っ」  弓削の言葉に頷くものの、瑠維の口から出るのは嗚咽ばかりだ。 「瑠維」  声変わりが始まった時よりも低くなってしまった声に、瑠維がビクリと震える。 「瑠維。  ちゃんとしなきゃいけないだろう?」  弓削に促され、息をつく。 「瑠維」 「…………っ」  璃音が伸ばした手に、瑠維が首を竦める。  殴られると思ったのだろう。  目をつむり、璃音の拳が当たるのを待つ体勢になった。  弓削もそう思ったのか、身構えている。  後ろを見れば、龍嗣と晶も固唾を呑んで璃音を見つめている。 「瑠維。 弓削さん」 「「…………」」  勢いよく両手を伸ばすと、その場の雰囲気が張り詰めた。  ぐにっ!! 「「……へ…っ!?」」  璃音以外の全員が呆気に取られた。  左手は弓削の頬。  右手は瑠維の頬を摘んでいるのだから。 「い、いおん(璃音)?」 「いおんはま(璃音さま)??」 「もう、謝るの無し」  クスクス笑いながら、右手だけ少し多めに力を篭める。 「ひででででっ!!」 「お仕置き、お終いっ」  微笑む璃音の顔には、もう陰は無くなっていた。

ともだちにシェアしよう!