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幾千の夜を越えて
一年後―――
朝から霧雨が降っている晩秋のある日…。
水上本家の広大な屋敷の一角に璃音はいた。
上質の絹で作られた狩衣を纏い、懐には護り刀を入れてある。
別室にいる龍嗣は、同じ衣裳で太刀を身に付けている筈だ。
「「りぃたん、いたいた~」」
璃音を見つけた妹の翡翠と雲母が、可愛らしい巫女姿で走ってきた。
「翡翠、雲母、可愛くして貰ったんだね。
よく似合ってるよ。」
「「ホント?
ホントに似合ってる?」」
「似合ってるよ。
僕が嘘ついたことある?」
「「ない~」」
ニコニコ笑う二人は上機嫌で璃音の手を取る。
「「今日のりぃたんね、きれいよ」」
「そ、そう…?」
「「すっごくきれい。
ひぃたんと、きぃたんが、りぃたんをごあんないするねっ」」
二人に手を引かれ、廊下を進む。
御簾(みす)の下げられた廊下を曲がり、扉の前に立つ。
待ち受けていた依留とまりあが、紗で作られた袿(うちぎ)を被せてくれた。
「璃音くん、綺麗よ」
「本当に。 きっと、玲や忍がヤキモチ妬いちゃうかもね」
「やだな…。
瑠維が暴れるし、龍嗣が慌てちゃうよ」
「「目に見えるかもね」」
三人で目を合わせ、クスクス笑う。
緊張していた気持ちが、少し和らいだ。
「ありがとう。
少し落ち着いたよ」
「よかった」
「じゃあ、合図をするわね」
袿のズレを直し、背筋をピンと伸ばす。
左右に付いていた双子も、引き締まった顔になる。
紐が引かれ、清らかな鈴の音が響く。
「「いってらっしゃい。
翡翠ちゃんと雲母ちゃんも、付き添い頑張ってね」」
「「はぁい」」
双子がニッコリ請け合い、依留達が璃音の背中を軽く叩いた時、扉が開いた…。
磨き上げられた床の上を、ゆっくり歩いていく。
左右に控える参列者が、ほうと感嘆の息を漏らす。
紗に透ける璃音の楚々とした様は、同年代の少女を凌ぐ可憐さだ…。
俯いていた視界に、自分と揃いの狩衣が見え、そうっと視線を向ける。
愛しい龍嗣がそこにいる。
逸る胸を押さえ、息をつく。
一度は諦めた事が、現実に叶う時がきた…。
璃音は今日、龍嗣だけの花嫁になる…。
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