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〈Ⅰ〉-3
冷泉家の邸宅は昔ながらの日本家屋で、敷地は広大だ。
母屋に暮らしているのは、使用人を除けば柾の父、柾 、柾の同母弟でである椋 の3人。全員がα だ。
Ω 男性である柾の母と梓 は、食事は母屋で共にしているが、基本的には庭を隔てた離れで生活している。今ならこれが、Ωの2人を庇護する措置なのだとわかる。
Ωに理解のある働き口は少ない。きっと、使用人の中にはΩの者もいるのだろう。
それ故か、柾や椋は許可なく離れに行くことを禁じられていた。
彼らが母と梓に会える場所は主に、食事をする広間と、続き部屋になっている居間であった。
◇ ◇ ◇
父との話を終えた柾は、居間へと足を向ける。梓は、夕食前の時間をそこで時間を過ごしていることが多いからだ。
築何十年と経っている冷泉邸だが、居間は柾の生まれた頃から既にフローリングの洋間にリフォームされている。
一枚板のテーブルに、色調を合わせたソファ。父の趣味で、壁一面は本棚になっている。
障子を静かに開くと、ソファに座って教科書らしき本を開いている梓の姿があった。
やや翳 る横顔は、均整のとれた彫刻のように完璧な美しさ。色素の薄い茶色の髪はゆるく癖があり、そのウェーブが柔らかな印象をつくりだしている。
「兄さん」
柾の声にゆっくりと振り向いた梓は、小さく笑みをこぼす。
「柾」
俗世の穢 れなど知らぬがごとく、透き通った色の瞳。
朝露に濡れた蕾がふわりとほどけるような微笑に、柾の心臓は大きく脈打つ。
(俺は、兄さんより美しいと思える人間を知らない――)
冷泉家の跡取りという立場上、柾は多くの容姿端麗なα性の人間を見てきている。
だが、眩暈 をおぼえるほどに心揺さぶられるのは、梓だけだ。
「何してるの。これ、宿題?」
それを気取られぬようそっと息を吐き、柾は普段どおりの調子で話しかける。
「そう。鳳麟 学園に入学できたのはいいけど、ついていくのが大変だよ。柾なら問題ないんだろうけど」
梓は現在、鳳麟学園中等部の1年生だ。
高等部は全寮制で、外部受験を実施しておりα、β、Ωの性別問わず入学が可能である。
中等部に学生寮はない。そして、学力審査とは別に書類審査という名の家柄審査があり、入学を許されるのは家柄や出自の確かなαとΩのみであると、先程父から聞かされた。
「これも、αの家柄出身のΩ男性を守る仕組みなのだ、柾。Ωの発情期 が始まるのは、思春期を迎える15歳から17歳の間が最も多いとされている。早ければ、13歳頃から始まる者もいる。Ω男性は、中等部在籍中に身元の確かなα男性と『番 』になれるよう取り計らわれるのだ」
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