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〈Ⅰ〉-5
(あの香りは、まさか――Ω の発情フェロモン……⁉︎)
梓 は13歳。
『発情期 』が到来してもおかしくない歳にはなっている。
(でも――Ωの発情フェロモンは、α にとって抗えないほど強烈なもののはず。……確か、何かの本に書いてあった。まだ発情期を迎えていないΩは、時に少量のフェロモンを出すことがあると。本格的な発情期を前にした準備段階の症状で――)
梓がΩだろうと推測していた柾 は、αとΩの性に関する本をいろいろ読んでいたのだ。
(そんな知識など気休めだ。遅かれ早かれ、Ωである兄さんは『発情期』を迎える……)
梓もいずれ、冷泉家 と並んで遜色ないαの家柄へ嫁ぐことになる――
お前が梓のことをしっかり守るんだぞ――
父の発した言葉が、頭の中で鳴り響く。
(兄さんを不幸になんてさせない。父さんの言う通り、俺が兄さんを守る。でも……その将来 は?)
柾が懸命に守った梓の純真な体は、誰か他のαに組み敷かれ、愛撫され――そして項 に生涯消えない印を付けられる。
梓は永遠に、柾ではないαの男に縛られる。
それを想像しただけで、柾は腹立たしくて気が狂いそうだった。
(何故兄さんを知らない奴に掻っ攫われないといけないんだ! 俺もαなのに⁉︎ どうして俺じゃ駄目なんだよッ――どうして……!)
ガンガンと拳を床に叩き付けたい衝動を、柾は血が滲むほど唇を噛みしめてどうにか耐えた。
突き当たるのは、柾と梓を繋ぐどうにもならない赤き絆。
(どうして……どうして、あなたは俺の兄なんだ、梓……っ)
梓が兄でなかったら。
ただそれだけのことなのに――
(兄さん。俺の、俺だけの、美しいひと。誰かのものになんかさせない。絶対に俺のものにしてやる、何としても――!)
柾の眼は、血肉に飢えた獣のようにギラギラと光っていた。
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