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〈Ⅱ〉冷泉 梓

 喉の渇きで目を覚ました冷泉(れいぜい)(あずさ)は、しばしじっと天井を見つめていたが、ゆっくりと体を起こした。  3日ほど熱で寝込んでいたのだが、今日は体調が良さそうだった。  枕元に置いてある水差しからグラスに水を注ぎ、二口ほど飲む。  それから体温計で熱を測った。35.9℃、いつもどおり、少し低めの平熱だ。 「梓さま、失礼いたします」  声をかけて障子を開いたのは、梓の身の回りの世話をしている藤木(ふじき)(あきら)だった。 「お加減はいかがですか」 「熱は下がったから、今日は登校するよ」  藤木の手が、ごく自然に梓の額に触れる。 「そのようですね」  眼鏡の奥で、藤木の目は少し優しく細められた。 「朝食はお食べになりますか」 「うん、一緒に。でも少しでいいかな」 「病み上がりですから、消化の良いものの方がいいですね」  そのように伝えておきますと言い、藤木は水差しの乗った盆を持って下がって行った。 (藤木は未だに、僕を小さな子どものように扱うなあ……)  こそばゆい気持ちを抱えながら、梓は少し乱れた前髪を直した。  藤木をはじめ、梓の暮らす冷泉家の離れで働いているのは皆Ω(オメガ)である。  『(つがい)』のいる者もいればいない者もいる。複雑な出自の者も少なくないため、本人が言わない限りプライベートな事は詮索しないのが暗黙の了解だった。  梓の物心つかない頃から傍に仕える藤木だが、梓が知っているのは、今31歳であり、梓の生母の紹介で雇われたということだけだった。  身なりを整え、制服に着替えて部屋を出る。 (中学3年になってから、体調を崩すことが増えた……)  始業式の翌日から早速熱を出して4日間休んだり、体育の授業の後で貧血になって早退したり。急な暑さに見舞われた5月の連休中にも立ちくらみで倒れ、休み明けにもかかわらず学校を欠席する羽目になった。  決して体が丈夫な方ではない梓だが、ここまでの不調は今までなかったことだ。  『発情期(ヒート)』の到来が近いのかもしれない、と、一昨日往診に来たかかりつけの医者が言っていた。  何の前触れもなくいきなり発情が起こることが多いらしいが、数週間前から体調不良を訴える場合もあるという。 (心づもりはしておくようにと言われた……。きっと、父さんにも報告がいっているんだろうな)  それならば、言われることは決まっている。  早く『番』の相手を決めるように――、だ。 (もう、タイムリミットだ……)  ぼんやりと廊下を歩いていたせいで、梓は何かにどんとぶつかってよろめき、尻餅をついてしまった。 「いたた……」  何にぶつかったのかと視線を上げると、ずいっと差し出される大きな掌。 「兄さん。大丈夫か?」  艶やかな黒髪は、清潔感のあるショートレイヤー。軽く斜めに流した眉上の前髪。  ごく普通の男子学生らしい髪型が、彼のきりりと目鼻立ちの整った容貌を際立たせていた。 「あ……ま、(まさき)……」  梓は、その(きら)めいた美貌に一瞬、息をするのを忘れた。

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