8 / 9

〈Ⅱ〉-3

 高倉(たかくら)淳弥(じゅんや)は、柔和な顔立ちの美少年である。  癖のない髪質のナチュラルなショートヘア。やや重めの前髪から除く、奥二重のすずやかな目元、まっすぐ綺麗な鼻梁。薄い唇はいつも優しげに微笑みの形をつくっている。  もちろん個体差はあるものの、α(アルファ)男性は、例えるならば肉食獣のような威圧的な美貌が多いので、柔らかな雰囲気をまとう彼は珍しい部類だった。  だが(あずさ)にとっては、淳弥のその雰囲気はとても居心地のいいものだった。 「これ、梓が休んでいた間のノートのコピー。わからないところはいつでも教えるから言って」 「ありがとう、淳弥。本当に助かるよ」 「君の大変さは、ほんの少しだけど理解できるからさ」  淳弥には、Ω(オメガ)の姉がいると聞いている。梓が安心して淳弥を頼れるのは、Ω性についての知識や理解を正しく持っていることも大きな要因だった。  クラスは基本持ち上がりなので、梓と淳弥は中等部入学以来のクラスメイトであり友人である。『(つがい)』の候補という関係性などなくても、お互いを大切に思っている。 (『番』の関係になっても――淳弥は、変わらないでいてくれるよね……?) 「淳弥。今日の昼休みに話したいことがあるんだけど……時間あるかな?」  淳弥は梓の真剣な表情から、どのような内容の話であるのかおおよそ悟ったようだった。 「わかった。じゃあ、食堂で一緒にお昼を食べてから話そうか」  ◇  ◇  ◇  梓と淳弥はいつもより時間をかけず昼食をとり、『相談室』へ向かった。  二階建ての校舎の両端にある、計4室の『相談室』は、Ωの生徒とその近しい者にのみ開放されている部屋である。突発的に発情してしまったΩが身を隠すための、いうなればΩの緊急退避用の部屋なのだが、用途が限定されているわけではない。  誰にも聞かれたくない話をするのにもってこいの場所でもあった。  ノックをして利用者がいないことを確かめてから、淳弥がドアを開ける。  他の教室と同じ木板の床。シンプルなカバーのかかった二人掛けのソファとローテーブル、備え付けの収納棚があるだけの簡素な部屋だ。 「俺、『相談室』をちゃんと使うの初めてだな」 「うん。僕も」  部屋に足を踏み入れた淳弥と梓は、顔を見合わせて笑う。だが、どこか緊張感が漂っていた。 「念のため、鍵は閉めておくよ」  そういって、淳弥はドアの内鍵を閉めた。 「淳弥、あの――」 「落ち着いて、梓。座って、ゆっくり話せばいいから」  淳弥はぽんぽんと優しく梓の肩をたたき、ソファに座らせる。 「梓が俺に改まって話すことといったら、『番』のこと――だよな?」  そして、梓が口を開く前に本題を切り出してくれた。 「うん……」  梓は、最近の体調不良から初めての発情期が近いかもしれないと言われたことを淳弥に打ち明けた。 「近々――もしかしたら今日にでも、父に『番』の相手をどうするのか()かれると思うんだ。僕は、君を選ぶつもりだけど、構わないかな……?」  淳弥はちょっと目を見開いたが、すぐににこりと微笑む。 「俺に異論があるはずないじゃないか。はぁ……ちょっと安心した」 「えっ?」  淳弥の言葉の意味が理解できず、梓は間の抜けた声を出してしまった。 「梓が改まって話をしたいっていうから、もしかすると俺を『番』には選ばないって言われるのかと……」  梓にしてみれば、そんな可能性は万にひとつも考えていないことだった。 「そ、そんなこと言うわけないよ……! 僕なんかに淳弥はもったいないくらいで……」 「それは言い過ぎじゃないか?」  照れくさそうにはにかむ淳弥の表情は、梓の胸に小さな灯りをともす。 (淳弥がとても尊敬できる人だということはよくわかってる。だから、『番』になってもいい関係を築いていける、きっと――) 「でも――本当にいいのか? 梓」  淳弥の瞳が、真剣な色を帯びる。 「ずっと答えを引き延ばしていたのは、心残りというか……何か気にかかる事があったんじゃないのか?」 「あ……」  梓の胸の奥が、ざわざわと動揺にゆらいだ。

ともだちにシェアしよう!