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第4話

 玄関の前には友人がいた。  汗だくで息を乱した上に手を真っ赤にしていた。  もしかしなくても玄関の扉を叩いていたのだろうか。    慌てている友人が怒鳴りつけているようだけれど僕は何も聞こえない。  反応できずにいたらそれが悪かったのか怒りのボルテージが上がった気がする。詰め寄られて前もってノートの最初のページに書いておいたものを見せる。頭に上った血を下げてほしい。僕にはどうすることも出来ない。    朝起きたら耳が聞こえなくなっていたこと。  症状は昨日の夜からかもしれないこと。  それ以外はとくに体調に問題はないこと。  医者に行くなら保険証と財布は持っているので行けること。    なるべく客観的で聞かれそうなことを書いたつもりだけれど友人は口を動かして何やら聞いてくる。  耳が聞こえないことに気が付いたからか少しの間の後、次のページに友人は「心当たりは?」と書いた。  この症状に対する心当たりはあると言えばあるしないと言えばない。    聞こえなくなったのは榛名とスモモくんの話を聞いてからだ。  原因として考えられるのは昨日のそれだけ。  二人の話を聞きたくないからというには僕の身体は都合が良すぎる。  聞きたくないから聞こえなくなるなんてそんな簡単なものなら誰でも耳が聞こえなくなってしまうんじゃないだろうか。    けれど、ある日いきなり耳が聞こえなくなるような症状を家族が持っていたかといえばどうだろう。  持病としてこの症状があるのかは分からない。  でも、僕の耳が聞こえないことは確かだ。  僕の家族は僕に興味がなかった。  血の繋がらない弟がおり、彼はとてもかわいがられていたので、僕は与えられるものが少なかった。  家で居場所がなかったので勉強をして全寮制のこの学園にやってきた。  学費の心配がないと言えば両親は喜んだし、部屋が広く使える弟も喜んだ。  夏休みなどの長期的な休みに稼げるバイトをしようと僕は前々から先輩に頼んでいる。  きっと大学は何とかなるだろう。  困ったら金銭面を含めて頼っていいと声をかけてくれる先輩たちは多い。  裕福な彼らの善意に乗ることは浅ましいかもしれないけれど本当にどうしようもなくなったら相談しようと思っている。    バイトと言っても耳が聞こえないことに慣れないと不都合が出てきて出来る仕事も出来なくなるだろう。  治療費のことだって心配だ。  この状態になっても家族に頼らないことを当たり前だと思っている僕は、おかしいのかもしれない。  先輩のうちの何人かは分かるから大丈夫だと言ってくれた。  そして社交辞令でも何でもなく本当に手助けしてくれる人たちだと知っている。親よりも頼るなら先輩たちになるだろう。    そんな事を考えていた僕の手を友人が握る。  まるで一人ではないと言ってくれるような彼に救われる。  先輩たちだけじゃない。僕には友人がいる。忘れていたわけじゃない。軽く見ているわけでもない。  でも、音を消し去ってしまっても後悔がないぐらい僕はいつの間にか病んでいた。    力なく笑う僕に友人は泣きそうな顔をした。  僕よりも友人の方がつらそうで何だかおかしい。  一人なら不安で押しつぶされたかもしれないけれど僕には友人がいる。  それはとても幸せなことだ。何にも代えられない宝物だと思う。  友人は保健室まで付き添ってくれた。  やっぱり持つべきものは友達だ。

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