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第10話

 どれぐらい目を閉じていたのか分からない。  一秒かもしれないし五分かもしれない。  意外にも一時間以上の場合もありえる。    泣き声が聞こえて目を開ける。  そこにある現実は自分を傷つけるものだと僕は知っていた。  確信に近いものを持ちながら僕は久方ぶりに聞こえた音の正体を探った。    どこかで自分の泣き声であるような気がしていた。  けれど、そんなメルヘンなことは起こりえなかった。  僕はおとぎ話の住人ではないのだ。   「……好きだ、好きなんだっ」    泣きながら彼は言う。  僕の姿はきちんと服を着ていて暴行の跡なんかない。  首はまだ痛い。指の跡がついているかもしれない。  そんなことよりも僕は抱きしめられている。 「愛してる。りう、ごめん、りう」    泣きながら好きになってごめんと繰り返す。  なんで、泣いているのか、どうして聞こえるのか。  いつから好きでいたのか。   「転入してきたスモモを理由にして、りうの部屋に行って……食事作ってもらったりして、嬉しかった。俺は浮かれてたんだ」    謝りながら生徒会室から図書室にいる僕を見ていたと彼は口にする。  生徒会長、朝比奈あずみ。かわいらしい名前とは不釣り合いなちょっと神経質そうな彼は今日一緒に食堂に向かうメンバーのひとりだ。トイレに行っていて席を外していた彼。  彼が謝っているということは僕に乱暴しようとした犯人の正体も分かる。  きっと生徒会長の親衛隊。    彼が僕を好きだというのなら親衛隊は黙っていないだろう。  今までがおかしかったのだ。学園に馴染んでいないスモモくんに優しくしていると周りはそう思っていた。  いいや、思わせていた。あずみくんは人間嫌いだなんて言われているけれどいつも親切だ。  スモモくんを目当てに生徒会の役員たちが部屋にやってきて騒いでいるのを会長として謝ったり後片付けをいつも手伝ってくれる。    定期的に朝食や夕食を食べにくるメンバーになって驚いたけれどスモモくんと会いたいからだと思っていた。  あずみくんが帰るのはスモモくんが夕飯をとって部屋に戻る前なのに。    僕は知らなかった。  考えもしなかった。    僕を泣くほど思ってくれている相手がいることを分かっていなかった。   「聞こえないのにごめん、ごめんな」    あずみくんは笑うのが苦手で表情があまり動かない。  老人の白髪とは違う光沢のある青みがかった銀髪とアイスブルーの瞳。  珍しがられていてストレスを溜めているのがよく分かった。  感情が分かりにくくてもあずみくんは心がないわけじゃない。    こんなに、子供みたいに泣いている彼を責めることは僕には出来ない。  それに彼が悪いわけじゃない。   「あずみくんは、僕が好き?」    久しぶりに自分の声を聞いた気がする。  音が戻ってきてしまったことに恐怖を覚えない。  それはあずみくんが僕を抱きしめているからかもしれない。   「……好きだ、愛している。たとえ許されなかったとしてもこの想いは止められない」    じんわりと心をあたたかくしてくれる言葉。  ためらった後にあずみくんが口を開く。今度は何も聞こえない。  首をかしげる僕にハッとして涙をぬぐってあずみくんは僕を抱き起した。  決して軽くはない僕をあずみくんは持ち上げる。  降ろして欲しいと訴える自分の声はやっぱり聞こえない。

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