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第11話

 自分の足で歩きながら手はあずみくんと繋がっている。  携帯端末で文字のやりとりをしながら意思疎通をはかる。  あずみくんが触れないので僕はあの時にだけ耳が聞こえたことを伝えていない。    今日の夕食のことなんか話してまるで何もなかったかのような顔。  でも、あずみくんの目は泣きはらしたままでなかったことに出来ずにいる。  このまま食堂に行くのは問題がある気がすると訴えると行くのは保健室だと教えられた。  僕と一緒にあずみくんを待っていた友人が頭を殴られたのだという。  自分のことでいっぱいいっぱいで一緒にいた相手がどうなったのか確認できていなかった。  落ち込む僕に謝るあずみくん。  許す言葉を告げられるのは僕じゃないと曖昧に笑うしかない。    すこしだけ微妙な空気が流れたそこへ息を切らした榛名がやってきた。  もう数か月会っていないような気さえする。  付き合い始めて約一ヵ月、そのぐらいの時間しか経っていないのに随分と久しぶりだ。  榛名は何か叫んでいる。  いつでもスマートに行動する王子様。  軽やかで汗も見せない。そんな榛名が必死になっている。僕を見て話している。  それに対して僕はうかがうようにあずみくんを見た。  翻訳してもらえないかと思ったのだ。  視線の意図に気づいたあずみくんが携帯端末に文字を打ち込む前に榛名が近づいてきた。  僕はなんだか嫌な予感がして咄嗟にあずみくんの前に出た。  頬が熱くなる。  痛い、のだろう。  両親にも殴られたことがないのに榛名に殴られた。  口の中が切れたのか血の味がする。    あずみくんが青い顔をして僕を見る。携帯端末に視線を向けていたからあずみくんは榛名に反応できなかった。  それは僕のせいだ。  風紀委員長が生徒会長を殴るなんて醜聞は榛名のためにはならない。  だから僕は僕の行動が間違ったとは思わなかった。  榛名が裏切られたような顔をするまでは。    泣きそうな傷ついた顔。  どうしてそんな顔をするんだろう。  なんで榛名が被害者であるかのような態度でいるんだ。  悲しくて傷ついて苦しかったのは僕なのに。    いいや、本当は分かっている。  榛名は仕事をしていただけ。    訴えるように榛名が僕を見る。  動いている唇はきっと「どうして」と言っているんだろう。  聞こえない。聞こえない。聞こえないから答えられない。    あずみくんが僕を庇うように背中に隠した。  繋がった手が外れたことに自分でもビックリするほど衝撃を受ける。  僕もあずみくんも携帯端末を片手で操作するのは大変だったけれど手を離すことはしなかった。  その手が離れた心細さは並大抵じゃない。    思わず僕はあずみくんの手を握る。    振り向くあずみくんは優しく甘い顔をしている。  いつも動かない表情が慈愛に満ちたものになっていてすごく綺麗だ。  充血してしまったアイスブルーの瞳。  図書室にいる僕を生徒会室で見ていたと口にしたあずみくん。  氷谷なのに冷たくないとやわらかな表情を見せるあずみくんは榛名を睨みつけて言い放った。   「俺はりうが好きだ。りうがお前を好きでも、俺の周りがりうを傷つけてもりうを愛してる」    どうしてかあずみくんの声が聞こえる。  いいや、どうしてかじゃない。  僕はもうあずみくんの声が聞こえる理由が分かっている。    聞こえないでいた理由が分かっているんだから聞こえる理由だって分からないわけがない。    僕は最低最悪の自己中心的で醜いということだ。

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