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榛名重蔵2

  「……りうも一緒じゃダメなのか?」    桃李が首をかしげる。  恋人である氷谷りうと一緒に居たい気持ちはあるが優しい彼がいまの桃李の置かれている状況を見ていい気分にならないのは確実だ。  学園が嫌いになるかもしれない。おれを無能だと思うかもしれない。  それに学園に馴染んでいない桃李を放っておくことはできない。   「副会長たちが自分たちの親衛隊を説得しているからね。今月中には落ち着くと思うよ」    たぶん、桃李は生徒会補佐におさまるだろう。  そうすれば表面上は親衛隊たちは手が出せない。なんせ役員仲間だ。   「りうにはちゃんとだって話してるぞ。じゅーぞーと付き合うことになったって言ったらスゲー驚いた顔してた」 「……そっかぁ」    少し落ち込む。勘違いしないでもらいたいから桃李から説明をしておいてもらったが、直接りうにどうしてなのか聞いてもらいたかった。桃李の口からではなくおれの口から聞きたかったと言ってもらいたかった。おれは恋人なのにりうの拗ねた顔も怒った顔も知らない。見たことがない。    氷谷りうは学園一綺麗な生徒だ。    図書委員長になると思ったのにそんなこともないまま氷谷りうは高校一年のころと何も変わらない。  淡々と図書委員として仕事をして図書室を居心地のいい場所にしている。  利用者が増えたのはりうの本に対する熱意にあてられた生徒が多いからだ。  りう自身を目当てにしている相手も多いので油断できない。    この学園で氷谷りうが誰とも付き合っていないのがそもそもおかしかった。  誰もが認めるほどに綺麗なりう。  黒目がちで少し潤んだような瞳にジッと見つめられたら誰だって理性がゆらぐ。  ある種、聖域のように遠巻きに信仰されていたりうに本能のままにおれは告白して付き合いだした。  それなのに恋人らしいことなど殆どしないままに今に至っている。  原因は一つ年下の桃李のせいだが邪険にはできない。  この学園の生徒だということを脇に置いても守らないとならない。    氷谷桃李は氷谷りうの弟だ。  血が繋がっていないらしい複雑な家庭環境みたいだが、恋人の弟がイジメにあうのを見過ごすわけにはいかない。  風紀委員長というよりも私情だ。  桃李から聞くりうの姿はおれの知らないものばかりで楽しい。    おれはきっと全てを軽く考えていた。  自分の影響力も転入生である桃李を取り巻く環境もすぐに終息する一過性の混乱だと思っていた。  だから何も知らなかった。何も見てこなかった。見つめるだけで満足して触れることをしなかった。    前風紀委員長である先輩に言われたことがある。  いつも気楽な先輩が珍しく厳しい顔で「俺たちは学生だけど役職を持って学園に少なからずかかわる仕事をしてる。だからな、大切な時に選ばないとならなくなる。大事な人かそれとも仕事か。これは社会に出たって同じ状況があるかもしれない。だから責任を放棄することを認めはしねえが……大事な人なら絶対に蔑ろにするな。男なら両立してみせろ」そう言った。  今にして思えばそれはとてもためになるアドバイスだったのだろう。  おれは無茶を言うと軽く流してしまっていた。   『おまえは善人で公平で頼られたら放っておけないお人好しだが……そのままのおまえでどうにもならない事がいつか起こる』    先輩は予言のように卒業前の置き土産を残していった。  どうしてあの時に「どうにもならない事」が起きたらどうすればいいのかを聞かなかったのだろう。  いいや、答えを求めるべきじゃない。ただ深く考えるべきだった。    風紀専用の携帯端末に着信があった。  学園で支給されている多機能な携帯端末。  風紀委員は元より各委員会の委員長や教師もみんなが知っている風紀委員長であるおれへの連絡ツール。  朝でも夜でもひっきりなしに連絡が来てそしてそれを無視できない性分のせいで損をしている気がする。    委員長ではないりうは知らないがその分おれの個人用のケータイを教えている。残念なことに一度もりうから連絡は来たことがない。おれがメッセージを送れば返ってくるのでケータイの使い方が分からないわけではないはずだ。  それに対しておれはお姫様は自分から何かを求めたりしないのかもしれない、なんて思っていた。   『氷谷りう君が襲われています。……場所は分かりませんが彼と一緒にいた生徒が負傷して――』    なんでこうなるんだ。りうのために学園が荒れないように風紀委員長として頑張っているのにどうして。  風紀委員のひとりが会長である朝比奈あずみに声をかけられてりうと一緒にいたという生徒を保健室に運んだと知らされる。  走り出そうとするその前に傍らにいる桃李を見る。  ギョッとして身体が固まった。  桃李は泣いていた。りうが襲われていると聞こえたからにしてはおかしな反応だ。   「ど、どうしたんだ?」 「……お前、馬鹿なんじゃねえの。なに立ち止まってんの」    泣きながら桃李は冷たく鋭い声で言った。  壁を殴って「俺が不幸になれば喜んでくれると思ったのにっ」と吐き出す桃李の姿は尋常じゃない。  りうのことはもちろん心配だがおれ以外の風紀委員が事態を知っていて会長である朝比奈あずみが動いているのなら最悪なことにはならないだろう。  りうのためにりうを闇雲に探すよりもおれにはおれにしか出来ないことをするべきだ。  それが結果的にりうのためになる。  桃李はりうの弟なんだから泣いているのを放ってはおけない。

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