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氷谷桃李5
ストーカー事件の後、りうは積極的に家事をするようになり夕飯も弁当も全部りうが作るようになった。
りうが助けてくれると両親は喜んだ。そして、全寮制の学園に特待生として入ることもまた生活態度を考えて許可を出した。
りうの作る料理は普通に問題のない味つけなので味覚障害は治ったのだと思った。
けれど、違った。
誕生日の夜、笑顔の夕飯その後にりうは夜中に一人で全部吐いていた。
母が誕生日だからとりうに休みを言い渡してケーキを購入して時間をかけて料理をした。
愛に溢れる氷谷家の風景。家族四人の楽しい世界。自分が家に帰らず遠ざかっていた一年半ほどがもったいなかったと思った。りうへの気持ちは諦めきれなくても氷谷の一員として居られるのならそれが自分の幸せだと噛みしめた。
幸せだったのは俺だけだ。
りうにとってはケーキも母の料理も苦痛だったのだ。
すでにりうは自分の料理以外を口に入れることを拒んでいた。
吐いている所を俺に見られたからか、りうは自分の現状を淡々と語った。
ある程度のルールの中でなら味を感じるし、食事も普通にできる。
母の料理だけなら味はしないが口にはできる。
外で買ったケーキは消化することがなく気持ちが悪いから戻してしまう。
りうは明らかに無理をしていた。
それでも、無理だと口にしない。
助けてくれと求めない。
自分で解決もできないのにただ病んでいる状態を放置する。
俺はりうのことを馬鹿だと罵ったし、自分を頼れと訴えた。
泣きながらりうに俺がいると告げたが返ってきたのは弱々しい肯定だけだ。
俺の言葉はりうには届かない。
違った。言葉が届いていたからこそ、りうは何も求めなかった。
『桃李くんはいつもいるね』
だから頼って欲しい、必要として欲しい。りうのためならなんだって出来る。そう思っていた。
今にして思うならあの言葉の真意は「桃李くんはいつもいるだけで何もしないね」ということなんだろう。
耳に心地のいい言葉を吐きだすのは簡単だ。
俺は夜の街で荒れている人間に「お前だけがつらいわけじゃねえ」「ひとりぼっちだなんて言うな」「俺はお前のことが心配だ」そんな言葉をいくらでもかけていた。
落ち込んでうつむいた顔を上げさせたかった。励ましたかった。その場の勢いが半分以上あったとしても本心から相手を思っていた。
みんなそれがわかるから友達はどんどん増えていった。
仲間はみんな俺に救われたと言う。
タイミングが良かっただけだと思うけれど彼らと俺には同じ痛みがあった。
義理の父親に愛されていない孤独感。
愛する人の弟の位置に定着してしまった悲しみ。
それらの空虚感などが淋しがりの見えない絆として俺たちを繋いでいた。
りうの中にも消えない孤独や痛みがあるはずだ。
俺がとってしまった居場所に対する未練や悲しみ。
俺に対するぬぐいきれない負の感情。
あるはずなのに見えてこない。
そのせいで俺はりうを救えないし、りうと繋がれない。
りうの考えが見えてこない。
全寮制男子校になんか入学する意味も分からなかった。
そして、風紀委員長である榛名重蔵がりうと付き合っていると聞いて俺はどこかで納得しながら叫び出したい気持ちになった。
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