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氷谷桃李6

 氷谷りうは氷谷桃李が存在しない場所で新しい人間関係を作って生きていくつもりなんだ。  俺に気づいていても気づいていなくてもどうでもいいから、りうは俺をスモモくんと呼ぶ。  そう自己紹介をしたのは自分だし、りうの前でカツラをとったりしなかったのも自分だ。  りうを騙すつもりじゃなくて気づいて欲しかっただけだ。    俺の望みは叶わない。  りうは俺を認識しない。  氷谷桃李はこの学園にいない。  その嘘をりうが暴くのを待つために俺は自傷に走った。  学園中から嫌われて俺が苦労したり傷つけば優しいりうは止めてくれる。  それとも憎い弟の哀れな姿に今までのことを思って溜飲が下がるだろうか。    ただでさえ浮くらしいカツラ姿で反感を買うような言動をとる。  副会長たちは俺の自傷の意味を知らなかったが、中学から痛みを共有してきた仲間なので庇ってくれた。それがまた周りの怒りを買った。  でも、それでいい。  俺が傷だらけになって、りうが見てくれるならそれでいい。    残念ながら俺を心配した風紀の副委員長のおかげでそうはならなくなった。  風紀委員長の榛名重蔵がボディーガードのように四六時中そばにいるようになった。  重蔵には俺がりうの弟だと告げている。  兄弟関係が微妙であることは伏せて、りうと付き合うなら俺に認められてからだとうそぶいた。俺にそんな資格があるわけもないのに悔しかった。    りうが好きで好きで好きでいっそ殺してやりたいぐらいに好きだ。  どのぐらいりうが榛名重蔵を好きなのか知りたかった。  どうすれば自分の気持ちが消えるのか分からなかった。    だから毎日俺は必死でりうにその日の榛名重蔵の話をした。  恋人同士なのに会えない日々が続いているらしい二人。  ケータイがあるからメールでも電話でもしているだろうけれど二人っきりで会うことなんかは俺のせいでずっとできない。  りうが透明感のある声で「桃李くんは意地悪が好きだね」と言ってくれたら弟の顔で「邪魔してごめん」と身を引く悪戯。    榛名重蔵と付き合うなんていうのも俺を無視し続けるりうへの意趣返しのようなものだ。    だから、こんなことになるなんて考えもしなかった。  風紀委員長と付き合っていないことで人気の高いりうを狙う人間が増えた。  今までは放送部員の友人であるとか前生徒会長や不良のトップのお気に入りだとかで氷谷りうは安全な場所にいた。  先輩たちが卒業したあとは風紀委員長の恋人だからと表立っては誰も動かなかった。    けれど、俺と四六時中一緒にいて更には俺を守るための嘘とはいえ榛名重蔵は俺と付き合うことになったと公言した。  いろいろな人間の思惑がりうを絡めとる。    生徒会長の朝比奈あずみは青みがかった銀髪とアイスブルーの瞳、病的ではない程度に白い肌。  榛名重蔵が甘い声で誘惑する王子様なら凛とした声で命令する帝王が朝比奈あずみだ。  転入生である俺に興味を持ったのか近づいてきた朝比奈あずみの目的がりうだと気づくのはすぐだった。    氷谷りうの前では朝比奈あずみは帝王でも何でもなかった。  りうの挙動に一喜一憂するその姿は昔の自分を見るようだ。りうのために何かをしたいけれど動き方が分からない。いつもは冷たさを感じるアイスブルーの瞳がりうを映す時だけあたたかな熱が点る。    だから応援なんかできなかった。    朝比奈あずみに感じたのは間違いなく同族嫌悪。  嫌いではないが朝比奈あずみをりうに選んで欲しくない。  そいつを選ぶくらいなら俺でいいだろと叫びたい。    榛名重蔵はお人好しで頼まれたら何でも請け負ってしまう人間。  氷谷りうの両親とそっくりだ。  だからこそ、りうは榛名重蔵と付き合いだしたのだろう。  どこまでも善人である榛名重蔵なら俺がゆがめてしまったりうも元に戻るかもしれない、そう思っていた。  淡い期待だ。

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