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氷谷桃李7

 泣いている俺に構って動かない榛名重蔵を叱りつけてりうの元に向かわせた。  この涙はりうへの失恋の痛みと自分がしたことに対する後悔からのものだ。  氷谷りうの両親に似ている榛名重蔵との生活がなくなることへの悲しさもある。  りうとは別の意味でいつの間にか重蔵を好きになっていた。  俺の友達にはいない真っ直ぐな人間だ。    重蔵と別れた俺はりうと一緒にいた相手が保健室にいるというので話を聞きに行った。  もうスモモでいることをやめようと思っていた。  全部ちゃんとりうと向き合って話そう。それが自己満足になったとしてもいい。  俺は意気込んでいた。  そこで聞くことになったのはりうの耳の話。     「りうは……耳が聞こえねえんだよ」  苦々しく絞り出される声に目の前が真っ暗になった。  初耳だった。気づかなかった。騙されていた。  りうはいつも綺麗に微笑んで頷くだけで口を開くことがなかったとはいえ耳が聞こえないようなそぶりを見せなかった。    殴られたのか頭に包帯を巻いているりうと一緒にいるのをよく見る放送部員。  彼がこのタイミングでくだらない嘘を吐くわけがない。  俺とりうが兄弟だということは伝えている。  わざわざその話題を出さないで欲しいともお願いしている。  名字が同じなので気づく人間は気付くだろうが、りうにいらない火の粉が飛ぶことがないように考えた。  放送部員は了承して触れないでいてくれている。    とはいっても本当のところはイトコだし、りうは自分に兄弟がいるとを周りに話していないので氷谷という名字が同じでも俺への苛立ちがりうに飛び火することはなかった。むしろ、りうと同室になったことでりうのファンのような相手から副会長たちの親衛隊以上に敵視された。冷たい視線が痛いだけで手を出してくるのは生徒会役員の親衛隊だけだ。    表立って氷谷りうに何かをする人間は今までいなかった。  なら、りうが襲われたのは間違いなく俺のせいなのだろう。  風紀委員長である榛名重蔵がりうの近くにいられなくなった理由だって俺だ。  りうが襲われる原因も襲われるだけの隙ができたのも全部、俺のせい。    耳が聞こえなくなったことも、そうだ。  味がしなくなったのと同じように間接的に俺が原因になっている。    りうの友人である彼は俺を責めるような言葉を口にしない代わりにとても悔しそうな顔をする。  本当なら今すぐりうの元へ行きたいのかもしれない。りうとの仲の良さは疑いようがない。  彼のお昼の放送はわりと面白かった。  りうと話している姿もボケとツッコミのコントのようで見ていて和む。  すこし天然ボケたところがあるりうに彼という友達はとても相性が良かったらしい。  傍目にもそれは分かった。  自分がその輪に加われないことが一年間という時間の差、年齢の差なのかもしれない。    りうが孤独でないことに安心する反面、旧知の友であるかのように振る舞う放送部員に苛立つ。ただの嫉妬なのは分かっていても面白くない。そうだ。だから、俺はりうに殊更、重蔵が自分によくしてくれていると脚色を交えて大袈裟に言い続けた。自分の行動の矛盾に気づいてしまうと足元から崩れ落ちそうになる。    氷谷りうが俺を氷谷桃李と認識しているのか転入生のスモモとしてしか見ていないのかを確かめるのと同時に八つ当たり混じりに榛名重蔵との間に亀裂を入れていた。重蔵をりうの恋人に相応しいのか見定めるためだと大義名分を掲げたところで俺の心はりうと重蔵の破局を望んでいた。  そうじゃなければ今の今まで自分の行動のつじつまが合わない。  りうが襲われたと聞いて自分のしていたことが空回ってしまったと泣いたのは本心からだ。  けれど、りうの耳が聞こえないと知ってショックと同時に歓喜が湧き上がった。    心を傷つけるのはいつだって心ない言葉じゃない、心があるからこそ吐き出される悪意だというのはその通りだ。  俺は自分でも自覚しない悪意を持ってりうに接していた。俺のことを見ない、俺のことを愛さない氷谷りうに向けた執着はすでに煮込まれ続けて愛情とは名ばかりのものに変質していた。俺のせいで傷つき穢れて壊れていく氷谷りうに満足感を得ている。俺の悪意にズタズタにされるりうはどこまでも美しいだろう。美しいりうの姿を自分が作り出したのだと思うと満足感がある。氷谷りうの人生を支配している気になれた。    手に入らないのならそのぐらい許されると思っていた。  孤独の中で涙すら見せない今にも死にそうな弱々しい氷谷りうはどこまでも美しい俺だけのもの。

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