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朝比奈あずみ3

     氷谷りうは違った。  俺を色眼鏡をかけて見ない。  完璧超人なんていうありえないフィルターをかけて俺に触れてこない。   『会長お疲れ様、あずみくん』    俺に労りの言葉をかけてくるのは後にも先にも氷谷りうだけだった。  生徒会長の仕事をこなすのは当たり前のことで誰からも感謝されることはない。  ミスがありそうなら苦言、何一つ問題ない状態が普通。    その中で氷谷りうは俺にも他の生徒会役員にも分け隔てなく「お疲れ様、いつもありがとう」と声をかける人間だった。  元々、高校で入学してきた美人に前生徒会役員が興味を持ってつきまとった。  その結果、学園が荒れかけたが氷谷りうは誰の目から見ても綺麗だったので嫉妬する人間はいなかった。  高校から入学した生徒はどこか浮いてしまうものだが氷谷りうは受け入れられていた。  容姿だけの話じゃない。人格が認められていた。  その点に関してもまた俺とはまるで違うところだ。    物静かで美しい侵してはならない聖域として図書室の麗人に祭り上げられた。  これは思い返しても尊敬に値する先輩たちの功績だ。    スモモが転入してこなかったのなら風紀委員長と交際して聖域が汚されたとしても高校卒業までりうが危険にさらされることはなかっただろう。  風紀委員長が過剰なほどに恋人である氷谷りうではなく転入生であるスモモを優先している姿に誰でも違和感を覚える。  日に日に元気のなくなるりうを見ていれば風紀に対する不信と苛立ちは増す。    スモモが副会長たちと仲良くして見せたり学園の根本を否定する発言をしたりするよりなによりも風紀委員長に対する信頼がゆらいだことこそが学園内の風紀が荒れた理由の一つだ。    少なからず図書室の麗人である氷谷りうの恋人として風紀委員長は人から妬みを買っていた。それを軽視していたのか気づかなかったのか、風紀の抑止力は下がってしまったのだ。    あちらこちらで暴れる人間が増えたのは単純に暴れたい人間以外にも二種類いる。  氷谷りうに恋人が出来たそれ自体に苛立ちを覚えていた人種と付き合い始めてすぐに別の相手と行動を共にする風紀委員長と淋し気な氷谷りうに苛立ちを覚えている人種。二種類とも同じようで違う。    隙あらば風紀委員長を困らせてやりたいのが前者。  学園の風紀をよくしようとすることもない傍観者気取りなのが後者。  積極的な悪意を前者は向けているがその理由の根底が自分の行動だと風紀委員長はきっと気づかない。  以前は協力的だった生徒たちが非協力的な前者の態度になった理由が自分の行動のせいだと風紀委員長は思いもしない。    生徒会役員たちが親衛隊たちの心を乱れさせたから学園がおかしくなった、そう思っているのだろう。  それは正しいがそれだけではない。    開き直りじゃない。りうが俺の手を握ってくれるから俺は俺の意思を口にすることを躊躇わない。   「たしかに俺の至らなさが、りうに危害を加えただろう。だが、お前はどうなんだ。風紀委員長の仕事をしているのか? 風紀が乱れている原因をわかっているか? 氷谷りうの存在の重さを理解しているか? この学園の生徒たちは美しいものを尊ぶと同時に抑圧された窮屈な箱庭の中にいることに絶望を覚えている」    風紀委員長のような人間にはわからないかもしれない。  氷谷りうを陰ながら慕う人間の気持ちが俺にはよく分かる。    りうは分け隔てなく接してくれる得難い人間だ。  学園内で浮いている人間たちにもりうの対応は変わらない。  生徒会長である俺に普通に話しかけてくれたようにりうはどこまでも誰にでも優しい。   「なんでこのタイミングであちらこちらで問題が起こるのかお前は考えたことはあるか? 風紀をかく乱する狙いがあったわけじゃない。生徒たちが殺気立ったのはお前の行動のせいだ」    信じられないという顔をする風紀委員長に現実を突きつけるのは自分を棚に上げているようでおぞましい。  それでも言わなければならない。  りうを愛してる人間の代表として、いま言わなければ永遠に風紀委員長に告げることはできないだろう。     「お前は氷谷りうが本当に好きなのか?」

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