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第12話

「お前は氷谷りうが本当に好きなのか?」      榛名に向けたあずみくんの言葉。  僕はその答えを聞きたくなかった。    けれど、同時にそれこそが、それだけが今まで気になっていた。  世界から音を排除した理由。  無意識なのか意識的なのか僕にすらわからない現象。    自分の醜さを僕は認めることができない。  愛してほしいと思う気持ちは浅ましく恥ずかしいものだ。  自分だけを見て、自分だけを大切にしてもらいたいなんてわがまますぎる。    それでも僕は願わずにはいられなかった。  榛名は僕をお姫様と言った。その言葉の甘さに僕は縋っていた。    やさしくされたい、たいせつにされたい、あいされたい。    いつだって泣きたくて頑張り続けるには足が血だらけで何をしてても痛みが走る。  僕はそんなに悪いことをしているんだろうか。  ただ普通に生活していただけなのにどうしてこんなに苦しい気持ちになるんだろう。    スモモくんのような、桃李くんのような、強さを持てればよかったんだろうか。    僕の醜さ、僕の弱さを、僕に突きつける彼が嫌い。  愛される彼を嫌う僕の姿は醜いものだ。  綺麗で優しく独善的で滑稽な桃李くん。    夜中に僕の身体を触ったり指をなめたりする彼のことが僕は大っ嫌いだった。  同じ部屋にいてほしくなかった。  そう思うのは彼を受け入れている両親に対する裏切りだと思ったから僕は耐えていた。  良い子でいることが素直で愛される素質のある桃李くんに対抗する手段だと感じていたからだ。  けれど、それは失敗した。  良い子でいれば良い子でいるだけ僕の領土はなくなっていくだけだった。    僕の部屋から僕と桃李くんの部屋になり、最終的にはなぜか桃李くんの部屋に僕がいることになった。    僕とは、氷谷りうとはなんなのだろう。  どうして僕はこの家にいるんだろう。  そう思っていたら桃李くんが家に帰ってこなくなった。  僕はとてもうれしかった。  やっと自分の居場所が戻ってきたようだ。    けれど、両親は桃李くんの心配をする。  毎日毎日夕食の席で桃李くんがどうしているのか聞いてくる。  水曜日のお弁当を僕の分だけではなく桃李くんに渡す分も作る母に僕は内心不平等さを感じていた。  どうして僕が嫌いな人間のために動かなければならないんだろう。  そんなことを思って愛想笑いをしながら桃李くんの知り合いにお弁当を渡す。  顔がこわばってしまうけれど仕方がない。  中学生とは思えない体格だったり馴れ馴れしい言葉遣いの彼らは僕を女の子の代わりにしようとしていた。  僕は決して女顔ではないけれどお世辞じゃなく日常的に「綺麗」と言われる。  それなのに僕の周りには誰もいない。桃李くんのように人気がない。  造形的な美は認められるから僕の内面がマイナス評価になっているんだろう。    僕にない楽天的で感情的で共感能力が高く愛されるために生まれてきた桃李くん。僕は彼を愛することがないだろう。  氷谷りうは氷谷桃李と違って醜く心が狭い。    僕は僕を好きな人間しか好きにならないと決めていた。  恥知らずかもしれない。  でも、裏切りだと声を上げるよりも先に諦める方がいいと覚えてしまった。

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