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第16話

   僕のやりたいことを全部さきに桃李くんがやっているから悔しさと諦観とすべてを焼き尽くす怒りがあった。  王子様は来ないと言い続ける。  榛名はスモモくんを選んだのだと思い続ける。    そうすれば僕は現実の痛みをやりすごせる。    本当は知っている。榛名が僕のためにスモモくんと一緒にいたことを知っている。  スモモくんが桃李くんだからだ。弟だからだ。僕のイトコだからだ。  分かった上で榛名に他の誰でもない恋人である僕を優先してもらいたかった。  自分で口に出すこともせずに願っていた。  叶うわけがないと知りながらも望まずにはいられなかった。   「……おれは、おれたちは、もうダメ? ……りう」 「はるな……ぼくはずっと、きみのことをはるなって呼んでいたんだよ」    この言葉の意味が分かるだろうか。  僕の不満、僕の気持ち。  伝わるはずのないささやかなサイン。    僕は榛名を重蔵と名前で呼びたかった。  でも、榛名は嫌がった。見た目と似合わない和風すぎる名前が不服だったらしい。  僕はそれを納得したけれど転入生であるスモモくんは榛名をしたの名前で呼ぶ。  そんな小さなことを気にしているのは子供だと思うかもしれない。  自分でもバカバカしい考えだと思う。  女々しくて気持ちが悪い。    僕は自分が気持ち悪い。  プライドが高く愛されたがりなのにそれを隠して嫉妬し続ける自分が大っ嫌い。   「はるな、は、わるくない……けど。……はるなといたら僕はずっと傷つき続けることになる」    泣きながら口に出した思いは両親に伝えたかったものかもしれない。  桃李くんではなく僕を見て、僕を大事にして、僕を優先して、そういうどうしようもないわがまま。  口から出るのは優等生の綺麗事。  欲しいものを欲しがれないから横からとられていくのは当たり前だ。   「はるなにとって……ぼくが、どうでもいいって毎日言われてるみたいでつらかった」    実際にスモモくんから言われていた。  脚色があるのだと気が付いてもどこからどこまでかわからない。  彼は桃李くんだから遠回しに僕の心を削りたがったんだろう。  いつでもそう。桃李くんは指一本動かさずに僕を絞め殺すことが出来る。   「……だから、別れよう」    榛名が僕を好きだったのかどうかは聞かない。聞いてはいけない。  僕の心は矛盾している。榛名が今後はずっと僕だけを見ていてくれるなら今回のことは必要な障害だったと感謝して恋人としてこれからも過ごしたいと思っている。同時に消せない怒りと嫉妬心と屈辱感が榛名と一緒にいるのは無理だと訴える。    自分を大切にしてくれない相手を僕は選べない。選んではいけない。    榛名の心は広くてその手は長い。だから僕以外のものも掴んで生きていくんだろう。  僕だけで榛名がいっぱいになったりしない。  優先順位をつけて榛名は風紀委員長としてちゃんと仕事をしていた。    僕の優先順位は榛名の中で低かった。  それを認めるのはとても難しかった。    愛されてはいただろう。それが僕が求めた水準に達していなかったし、今後も期待できないと、そう見限った。  言葉にすればそれだけなのに涙は流れ続けた。  傷を見ないふりし続けたからだ。  痛かった。ずっと、ずっと痛かった。  あまりにもつらくて痛いから嘆いているふりをしているんだと思い込んだ。    スモモくんの正体を知っているからこの痛みはニセモノだと楽観視した。  桃李くんの言動で傷つくのは今更過ぎるから痛くないと繰り返す。    嘘、嘘、嘘嘘、うそばかり。  弱さは嫌い。  醜さは最低。  強さは持てない。  でも、苦しみは捨てたい。      抱きしめられる感覚を最後に僕は暗闇に落ちていった。

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