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第3話

少年、カンナ・アルジェ曹長は齢十八歳の男性だ。セバルタ軍第五十四作戦部隊に所属する少年であり、先日初陣から無事帰還を果たし、軍曹から曹長に昇進した。 とはいえ、名うてのパイロットであるシエン曹長――戦死され二階級特進されたシエン准尉を失った為に、第五十四作戦部隊の部隊長に選ばれてしまった現実が、彼を苦しめていた。 「えーっと……レンさん、って呼べばいいですか?」 「はっ、ハイ! レン・スバル二等兵であります、ハイッ!」  セバルタ軍第五十四作戦部隊の執務室――先日までシエンの座っていた隊長室の椅子に座ったカンナは、書類データと、目の前で直立不動な姿勢を崩さない青年、レン・スバル二等兵の二つと睨めっこした。 レンはカンナより年上の二十三歳だ。 白髪と、少しだけ大人びた顔立ちが印象強い青年で、その背は百八十後半程はあるだろうか。カンナより頭半分ほど高く感じる。おまけに鍛えているのか筋肉も目に見える程付いており、しかし太くもない。理想的な筋肉体系と言える。 先日まで士官学校でプロスパーの操縦訓練を積んでおり、その卒業試験を合格したのだから、その実力はあるだろう。 だが彼はガチガチに緊張した面持ちで、上官であるカンナへ声を張り上げた。 「しゅ、趣味はトランプ、特技は鼻でワインを飲む事です、ハイ!」 「うん、意味不明な自己紹介はいらないです」  緊張している彼には悪いが、カンナにも初めてできた部下を優しくなだめる力量など無い。言い方は少しきつくなるだろう。 「あ、あの! 隊長は先日の初陣で、見事ミューレのエースパイロットを撃破したとか!」 「そんな大したもんじゃないですよ」 「いいえ! 敵に大打撃を与える行動は、賞賛に値すると思います、ハイ!」 「賞賛、ですか……」  そのエースパイロットを見てしまったカンナとしては、あまりいい気分では無い。少なく見積もっても、三歳以上は年下の子供を相手にして相討ちになったのだ。例えそれが、エースだったとしても。 「あの、それと自分は、まだ着任したばかりの新人であります。なので、敬語は止して欲しいのです、ハイ!」 「わ、わかりま――分かった。じゃあレンさん」 「ハイ! 何でしょうか、ハイッ!」 「とりあえず、明日ある作戦の説明していい?」 「ハイッ!」  本当にこの落ち着きのない人は年上なのだろうか、と考えながら。 カンナは一枚の書類をレンに手渡した。 「次の作戦は、レンさんが初出撃って事もあって、後方支援の仕事。えっと……まずは今俺たちがいる艦の名前言ってみて」 「汎用高速陸上艦【トール】です、ハイッ!」 「そう。で、今この艦は本国であるセバルタからかなりの距離が離れ、どちらかと言うと【ミューレ】の領土に近い。そんな中で、物資をどう補給するかと言う問題なんだけど」 「【ブローカー】、でありますね、ハイ!」  アンダーグラウンド【セバルタ】本国からの支援物資に関しては、軍部内の支援部隊が行う。彼らはステルス性が高い支援艦【ブローカー】と呼ばれる艦艇を有し、敵領土に侵入する友軍に対して、物資補給の役目を担っている。 「そう。今回はそのブローカーからトールまで支援物資の運搬を行う。基本的に俺たちはプロスパーを操縦して物資を運ぶだけだから問題は無い。護衛は第五十作戦部隊が勤めてくれる」 「作戦時間、及び部隊編成はどうなっているのでしょうか、ハイ!」 「敵領土に近いって事もあって、暗がりになる2300より作戦開始。俺たち二機と、第五十作戦部隊の二機が出撃する。俺たちの武装は最低限のクラススリーになるから、万が一の時は戦闘を避け、第五十作戦部隊に任せる事」 「了解しました、ハイ!」 「あとさ」 「ハイ!」 「それ、癖なの?」 「ハイ!」  面倒な癖だな。そう思いながらもカンナはふと気になった事があり、立ち上がってレンの隣に立った。 「な、なんでありましょう、ハイ!」 「レンさんって、かなりカッコいいよな」 「そ、そんな! 自分なんかヘッポコ新米兵であります、ハイ!」  そう謙遜するレンだったが、同性であるカンナの目にも、その端麗な顔立ちは光って見える。 男らしい骨格と体つき。やや目つきが柔らかい事が威厳を無くしているものの、それもまた愛嬌となっている。 ミューレのパイロットである少年兵・セルンも小さくて可愛らしい中性的な美しさがあったが、それとはまた対照的で、少しだけ羨ましくも感じる。 「恋人とかいないの?」 「そ、それが……自分は女性恐怖症でして、ハイ」 「女の人が怖いんだ」 「ハイ。なので男女交配制度の免除が受けられる志願兵制度を利用した次第であります、ハイ」 「何で怖いの? そんな悪いもんじゃないでしょ」 「……小さい頃、貧相でちんちくりんな自分は、女子から苛められておりまして、ハイ」  その時のショックから、女子に対する恐怖心を持つようになり、何とか克服しようとして身体を鍛えた結果、女子に近付かれる事がなくなったと言う。 結局そのまま女性と関わる事無く人生を過ごしていたものだから、女性の友人も恋人もおらず、恐怖症を克服できる機会すら失ってしまった、と言う事だ。 「勿体ないなぁ……軍じゃなくて俳優にでもなった方が映えると思うんだけど」 「で、でも自分はやっぱり、このまま軍役にて本国を支援したいです、ハイ!」 「そっか。そう考えるんじゃ仕方ないな」  戦う理由は人それぞれだ。食い扶持を得る為に軍へ入る者もいれば、領土戦争に勝ちたいと言う理由から軍へ入る若者もいる。 「あ、あの……失礼かもしれませんが、隊長の志願理由も、お聞きしてよろしいでしょうか? ハイ!」 「俺の?」 「ハイッ!」  聞かれると思ってなかったので、僅かながらに焦りを見せながらも、自分だけ話さないのは居心地悪いと考え、カンナが語る。 「上手く言えないけど……何も知らないから、かな」 「何も知らない――で、ありますか? ハイ」 「ああ。俺って昔からずっと一人で暮らしていたんだ。家族もいない、学校も行ってない、もちろん友達や彼女だっていなかった。唯一俺の知識を埋めるものは、両親の遺した家にあった、書物だけ」  幼い頃から、本だけを読み漁った。 朝から晩まで、配給の時間だけ外に出て、食料を最低限得て、部屋に戻り、本を読む。 その生活を続けていたカンナにとっては、アンダーグラウンドの外や、他の人がどういう人生を歩んでいるのか、その好奇心が止まらなかったのだ。 「十五になった位かな。アンダーグラウンドで色んな仕事を経験してみたけど、それでも好奇心は止まらなかった。で、外の世界を見てみたくて……軍に志願したのが、大体一年前くらい」  最初は観測班や支援部隊への配属を希望していたカンナではあったが、プロスパー操縦技術適性が非常に高かったことも災いし、作戦部隊へと配属が決定されてしまったのだ。 「一年間でプロスパーの勉強しまくったよ。もう脳が割れるんじゃないかってくらい」 「自分もです、ハイ!」 「一年間で全部叩き込まれるんだから、頭痛くなるよな」 「わかります、ハイ!」  いつの間にやら、カンナとレンは笑いながら談笑していた。ファーストコンタクトは成功と言ってもいいだろう。 「おっ――と。じゃあ今日の執務はこれで終了です。一緒に飯行きましょう、レンさん」 「あ、あの。敬語は――」 「執務が終わったら、年上のレンさんとして接して下さい。命令しちゃいますよ?」 「わ……分かりましたっ、ハイッ!」  本日、艦に配属されたばかりの彼の手を握り、カンナは彼を食堂へと案内した。

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